第二期海のデータ
 海からの意見や、海に寄せられた意見などを紹介させていただきます。

2017.06.21 ・海第18号の会計報告を出しました。
・懇切な感想が、届けられ始めました。作者のこれからの道程にまで触れたものが多く、たいへん参考になり、力づけになるものだと思われます。
・いつもながら、ありがたく感謝申し上げます。(有森)
2017.06.15 ・海第18号の印刷ができあがり、発送いたしました。
・第18号には、内表紙に海の理念を設け、目次を縦書きにするなど、若干新たな試みを加えています。
・要は内容ですが、小説、エッセイ、詩も、バランスをとったつもりでいます…。
・しばらくすれば、委員の中から声があったように、第19号から入会予定の方を囲んでの「感想会」を開くという運びになれば、と期待しています。
・何はともあれ、反応の多い第18号であってほしいと思います。(有森)
2017.06.08 ・海第18号の印刷所での校正を終え、印刷にかかっていただきます。
・順調にいけば、6月15日にも発送の運びとなるでしょう。
・その前に、送付状作成、宛名ラベル作成、次号投稿・冊子作成要領の作成など、多くのことをしなければなりません。
・発送がなれば、委員の中から声があったように、第19号から入会予定の方を囲んでの「感想会」を開くという運びになりましょうか。
・そのように進んでくれることを期待しています。(有森)
2017.05.30 ・海第18号の原稿の「誤記など」確認を終え、印刷依頼を行いました。
・今号には通算3度ほど目を通しましたが、よい作品が多いと思います。
・第18号から話題は逸れますが、今日、第19号からの入会の方のことが判り、一気に歓迎ムードに包まれました。とても、ありがたいことです。
・しかし、いましばらく具体的な記述は控えさせていただきます。
・一層の研鑽をし、よい海へと向かうべく励みたいと思います。(有森)
2017.05.22 ・海第18号の原稿の受付・編集作業を終了しました。
・全体で150頁。内容としても、丁寧に描かれた作品が多い、という感じです。
・今後は、委員による「誤記など」の確認を経て、印刷依頼ということになります。
・発行までには、なお約1ヶ月を要します。(有森)
2017.05.09 ・海第18号の原稿の受付・編集作業中です。
・原稿受付・編集作業の締め切りは、5月20日(土)となっています。
・今号も、海の作品らしい個性ある作品が出されています。
・笹原由理氏の詩「夏」が、第22回NHKハート展に入選しました。
・NHKハート展は、全国から今年応募のあった3,641編のうち上位50編が選ばれ、アートの専門家の作品とコラボを行い、全国を巡回展示されます。
・笹原氏の詩にはファンが多く、海冊子の発行を待ってくださる方があります。(有森)
2017.04.26 ・海第18号の原稿の編集作業に、少しずつかかります。
・すぐ側では、北朝鮮の核開発を巡り、米中韓日と北朝鮮が激しいチキンレースを繰り広げています。
・エルサレムや、シリアの緊迫した情勢も伝わってきます。
・こんな時期に文芸誌の編集か…というのも、妙に味なものです。(有森)
2017.04.13 ・海第18号の原稿第1号が入ってきました。
・個人的に、他事に忙殺されておりましたが、本腰を入れて始めます。
・鬼の編集作業人になるかもしれません…。(有森)
2017.03.20 ・第10回北九州文学協会文学賞小説部門大賞を「無口な女」で受賞した高岡さん(苫小牧市在住)を囲み、3月19日に天神のアートスペース漠で懇親会を行いました。
・海は福岡地区のメンバーが多くないにも拘わらず、高岡さんを含めて5人が集まり、おおいに語り、密度の濃い時間を共有しました。
・高岡さんの観察眼力の高さ、問題意識のとらえ方のすばらしさ、ストーリー展開の巧みさなどについて語り合い、互いに得るところが大であったと思います。
・さらなるチャレンジをということで、期するものを個々の胸に抱いたことでした。(有森)
2017.03.18 ・明日は、高岡さんの来福です。
・第10回北九州文学協会文学賞小説部門大賞の「無口な女」を、再び読んでみました。これは、間違いなく受賞作品ですね。
・よい意見交換ができるだろうことを、楽しみにしています。
2017.03.11 ・他事に追われ、2週間余りを無為に過ごしてきた感があります。
・3月19日に高岡さんの来福を得て、懇親会を行います。なんとか、文芸の道に徐々に戻らねばならないと思っています。
・3月末頃には、海第18号の原稿作成案内にかかるつもりです。(有森)
2017.02.18 ・第156回芥川賞の、山下澄人氏「しんせかい」を読みました。
・わが主義というか、わが力ではというか、芥川賞作品というものは、これまでまともに読めたことはないのですが、「しんせかい」にはシンパシーを感じました。
・出版社の作戦とか、富良野塾の倉本氏の力もあることだとは思いますが、第二期塾生としての農、土木作業にまみれる姿を、稚拙さの残る文体のままに押し通したというところに、「うまく説明できないもの」(川上氏)を感じたのですが、「風景が肌に感じて立ち上がる」とい奇妙に強い印象が残り、「壮大な空振り感」(吉田氏)を覚えながらも、可とする方に傾きました。
・選考の方も、積極的な可も不可もない「可」だったということです。
・シンパシーを覚えたのは、前回の「コンビニ人間」に続きます。(有森)
2017.01.31 ・世界は、1月20日に就任した米国のトランプ大統領の大統領令への対応で、たいへんな動揺と不安とトラブルに陥っているとのことです。
・本日の西日本文学展望の主題「血と繋がり」で、牧草氏は父と娘という関係でこの問題を追及しています。
・誠に、この問題は日々に深くあるもので、私もこれを作品化しようと何度も試みましたが、相当の覚悟をしないことには書きおおせないもののようです。
・書くべきか、書かざるべきかと、入口のところで迷っています。
・たまたま昨日、NHKの「プロフェッショナル・動物スペシャル」を見て痛く感動しました。「夜間救急の獣医さん」「緊迫の中でのキリンの飼育」「ゾウ飼育30年の愛情」「介助犬・驚きの能力涙の物語」というものですが、全てに通じているのは『愛情を注がないことには心が通じない』(まして、人間においてをや…)ということでした。
・この「愛情」という一言は、私の、そして世界の課題なのかも知れません。(有森)
2017.01.24 珍しく、目立って書き込むべきニュースなどがありません。
・世界は、1月20日に就任した米国のトランプ大統領の施策のことで持ちきりです。
・かなり大きく世界の連携内容などが変わりそうですが、まだよく見えません。
・関係の近いところでは、第13回森田雄蔵賞は、島永氏「霧の山伏峠」と本間氏の「アパートの男」に決まったそうです。
・第156回芥川賞は山下澄人氏「しんせかい」に、同直木賞は恩田陸氏「蜜蜂と遠雷」に決まったそうです。(有森)
2017.01.10 本年も旧年同様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
・世界の情勢が大きな岐路に向かっているのではないかと感じさせられる今、希望を求めようとする光の中にも、かなりの不安が芽生えます。
海第二期は、9年目に入ります。
・確かな書き手が揃う今、さらによい作品を提供できることだろうと期待しています。
・第18号からは、目次を縦書きにし、1頁に「海の理念」なる言葉を掲げ、新たな航海に出る予定にしております。
・私の今年は、編集作業人としての裏方に徹するつもりでおります。(有森)
2016.12.30 海第二期の今年を概観するという役目ではありませんが…2016年は普段の年に増して、話題の多い年だったのではないかと思われます。
・受賞関係:井本氏・季刊午前第51号に発表した「トッカータとフーガ」が文芸思潮の「第9回まほろば賞」に選ばれ、賞揚されました。(2016.1.15)
・井本氏については、フランス政府が募集する「フランス語で俳句」の入選(パリ、アルザスへの旅招待)など多くの入賞・入選があり、大活躍でした。
・受賞関係:高岡氏・たくさん賞歴がありますが、「凍裂」による「第10回銀華文学賞特別賞」受賞(2014.1)などは、まだ記憶に新しいところです。
・高岡氏は、今回「無口な女」により、「第10回北九州文学協会文学賞小説部門大賞」に選ばれました。授賞式は2017.3.20に北九州市で行われる予定です。
・大きく報道された紙面での評価として、2016.1.20の西日本詩時評に牧草氏の「針のない時計」、2016.1.30西日本文学展望に赤木氏のエッセイ「ある患者の手記・第二回」、2016.7,26西日本詩時評に笹原氏の「痛み・など」、2016.8.13の図書新聞同人誌時評に井本氏の小説「星と花 R共和国奇譚」などがとりあげられました。
・上水氏は端正なエッセイを、鳥井氏はイラストとともに軽妙な詩を、群氏は深く内面を見詰めた詩を、中野氏はストーリーの奥に細やかな心情を描いた小説を、有森はめげもせず実験作をというふうに、それぞれの個性を生かした作品を発表しています。
・この1年は、海の運営面でかなりの変化がありました。
・1頁の字数・行数を増やしたため文字のポイントを落としたこと、巻頭付近に印象的な作品を持ってきたこと、掲載種目数制限を設けたこと、同人費の実質的な増に踏み切ったことなどで、厳しい局面に向かうことの多い1年となりました。
・次号からは、巻頭に「海の理念」を配していくということで、新たな「表現を求めていく」ことになる予定です。
・2016年の諸々に感謝しつつ、次なる「only1」を求めていくことになります。(有森)
2016.12.24 海第二期第17号の会計報告を作成し、連絡・送付しました。
・海第二期第18号の「投稿・冊子作成要領」を作成し、連絡・送付しました。
・「投稿・冊子作成要領」は、これまで問題があれば書き加えてきたことがゴミ状に溜まっており、上水氏の協力により、ずい分判り易くなったかと思えます。
・海は第18号から「新たな気持ちで再出発」するぞ、という気になるから不思議です。
・第18号からは、1頁目に「海の理念」なることば(檄文)を掲げることにしました。
・同人各位には、「海のごとく大きく」「海のごとく日々新たに」の気持ちで、斬新な作品にチャレンジしていただきたいと願うものです。(有森)
2016.12.21 海第二期第17号を発送して5日。早くも感想が手元に届けられています。
・ご配意、本当にありがとうございます。いただいたポイントは同人に紹介し、今後の作品作りに、冊子作りに生かさせていただきたいと思います。
・それぞれの皆様に、お礼状をお届けすることができない点、あしからずご容赦いただければと、お願い申し上げます。
・12月17日には海編集委員会を開催し、昨年の大幅な運営の見直しについて、確認・検証を行いました。その内容については、同人あてに連絡し、協力依頼をしました。(有森)
2016.12.15 海第二期第17号(通巻第84号)を、平成29年1月1日付けで発行し、発送しました。
・いつもだと、次号の予告をすぐに行うのですが、編集委員会を開き、この1年の検証を行うことにしていますので、その検討を待って行うということになります。
・今号は(前号も)Microsoftのupdateにさんざん痛めつけられました。win10との間を行ったり来たり、膨大な時間を費やすことになりました。
・同時に、同じMicrosoftがらみで、現在使用しているワード(バージョンを上げたためか)にも影響が出て、これにも多くの時間を割かれることになりました。
・活字化することを避けて通れない今ですから、これまでこしらえたデータを大幅に変える訳にもいかず、ずい分検索して調べたものです。
・確かに、ワードにはオート機能などがあり、横書きには強いのかも知れませんが、縦の2段組などになると、一字一句に神経を使う作業には使い辛いもののようです。
・しかしおかげで、多少はパソコンに詳しくなった(?)かもしれません。(有森)
2016.12.08 海第17号の印刷所校正を、なんとか終えました。
・この1月、いや半年の騒々しさ・忙しさに終止符といきたいところですが、そうは簡単にいかないようです。編集委員会を来週末に開かねばなりません。
・ワードでの原稿作りは、確かにこれで編集作業とは言えないのでしょうが、少人数の集団では多くの仲間が持つワードを用い、頁作りをするほかないので…。
・ワードの悪い癖で「オートに動く」という、昔から悩まされてきた使い辛さがあるのは承知していますが、原稿をテキストファイルにいったん変換しフォントなどを調整した後、ワードの本紙にコピー&ペーストをして作業を始めたところ、「文字間が微妙に違う」という作品が数点あり、このため全体を校正することになりました。(当然ですが)
・その微妙な誤差のなぜだろうかを作品を再度扱いながら探ってみましたが、「元の原稿の文字飾り・段落属性?」が残ったがために、微妙なものが生じたのでしょうか。禁則の問題もあるのかもしれません。満点には、遠く及ばないということが判りました。
・どう対応すべきか、これは今後の注意事項です。
・ついでに、編集、印刷ということで検索をしてみましたが、出てくるのは「入稿後のことが殆ど」で、ワードの使い方にはなかなか至りません。まして、段組のことは詳細には見えてこないままです。どなたか、本当に教えていただきたいところですが…。
・ということで、もっと多方面から探ってみる必要がありそうです。
・行数を2つの作品で変えていたのも、問題でした。連絡の仕方の大事さを感じましたし、情報処理がらみの難しさというものを身をもって感じたことです。
・難しいということは判りましたが、その方策は、という課題が浮上しました。(有森)
2016.12.01 海第17号の原稿確認・全体確認を終え、花書院に印刷・製本の依頼をしました。
・というところで、大きな山を越した訳です。順当にいけば、中途のゲラ校正を経て、製本になるのは約2週間後です。
・今回の作品は、受付時の混乱の中で走り読みしたときとはずい分印象が異なり、昨日の総読み込みでは、それぞれが「ものがたり・もののあわれ・ものごころ」をかなり掴んでいるなと読みました。
・その点、わが作品がまた実験作の部類かな、という感じです。
・製本が成ったとき、頁をめくる感触で「良さ・悪さ」が感じられます。
・製本に「良い」感触で出会えるよう、しばし待つことにしたいと思います。(有森)
2016.11.23 海第17号の原稿受付を終了し、頁の割り振りまで終え、現在委員による「誤記・誤字等の確認」という段階にありますが、まだ終わった訳ではありません。
・発行までには思わぬトラブルが付きものですが、今号も予想に違わないことでした。
・これが同人誌たる所以のところでしょうが、なかなか無事には進まないところです。
・とまれ、今後順調にいけば、約1ヶ月後には発行の運びとなる予定です。(有森)
2016.11.17 海の原稿受付中ですが、せっかくの原稿が出せないという例などあり、残念です。
・確かに海は、パソコンの積極的な利用をお願いしていますが、それは「できるだけ」という意味合いが強いもので、初めてパソコンで添付データを送ろうとしたが「難しくてできない」との問題が生じないではありません。
・パソコンの機種の問題や、用いるワードのバージョンの問題もありそうです。
・その場合は、CDなどや、あるいはペーパーでの提出もOKなのですが、そのあたりの連絡が十分に行えているとは言いがたい点があります。
・パソコンが無理でしたらペーパーでどうぞと案内しても、当初パソコンで送ろうとして不首尾に終わった場合、意慾を削いでしまうことになるようです。(反省事項です)
・パソコンの利用に最も重きを置いているのは、細かな伝達や、事務的なお願いや意見などをメールを用い、「掲示板」に掲示することで、情報を共有しようというものです。
・これらの問題(パソコンの問題だけに限らず)は、毎号かたちを変えて現れるので、対応が後手にまわってしまうのが実情であり、本論以外のことで膨大な時間と労力とストレスを生むのは、何とかしないといけません…。
・原稿締め切り日が3日後に迫りました。
・話は変わり、ボブ・ディラン氏は、やはり「授章式には出席できない。受賞は光栄」という姿勢で臨むとのことのようです。(有森)
2016.11.07 ホームページに「海の電子書庫」なるものを設けてみました。
・海二期の「発表作品やそれ以外の作品」で、同人から提供のあったものを掲載する予定でおります。
・ゆっくりと進める予定です。
・よろしくお願いいたします。(有森)
2016.11.06 高岡氏の作品「無口な女」(30枚)が、「第10回(平成28年度)北九州文学協会文学賞」の小説部門の大賞に選ばれました。
・おめでとうございます・
・表彰式は、3月に行われる予定だとのことです。(有森)
2016.11.06 ・最近井本氏、高岡氏の評(他誌掲載分)を多く見かけます。
・もっともだと思いつつも、私たちに刺激を与え、発憤材料を与えてもらっています。
・特に二人は、
「ものがたり、もののあはれ、ものごころ」という内容の肝心な点を、きちんと生かした巧みな作品を書いています。
・これが、技倆というものでしょうか。
・近くにいてくれる同人の技倆、よい参考にさせてもらいたいものです。
・高岡氏の場合、近く嬉しい発表があるやに聞いています。(有森)
2016.11.04 ・わが「海」の同人では、井本、高岡氏などが、他誌でも多く作品を発表され、それぞれが高い評価を受けています。
・他誌への発表について、海では大いに歓迎するものです。
・作品の内容などにもよりますが、多くの作品を書くということは、何より「作品の向上」に繋がるものだと思いますし、エネルギーを感じます。
・海という場を越えて、存分に活躍していただきたいと思うものです。
・そういう同人が海に出される作品は、海の中でも輝いています。
・海も、ただ今原稿受付中です。(有森)
2016.10.29 ・ノーベル文学賞受賞のボブ・ディラン氏は、サルトルに続いて辞退されるのかと思っていましたが、今日の報道では「謹んで受けます。光栄です」ということのようです。
・ディラン氏の生き様からして、さまざまなことを想像させられましたが、収まるべく収まったということでしょうか。
・賞の名称「文学賞」が、「文化賞」だとか「芸術賞」だと分かりやすいのに、などというのは野暮なことでした。
・福岡市の「南風」第40号の発刊おめでとうございます。現在の南風から見て、小説だけの女流のみの誌かと思っていましたら、そういう制限はなく、初期には詩や童話などもあり、男性の同人もおられたのですね。
・誌を作るに当たっての悩みはいずこも同じようですが、現在の少数精鋭に(結果として)落ち着かれてからは、スムーズに発行がなされているようです。
・同誌の作品に賭ける真剣さはすごいもので、幾多の優れた作品を生み出されていることを承知していますが、さらに「目を見張るような新しい作品、来たれ」との意気込みは、素晴らしいですね。敬して、見習わねばなりません。(有森)
2016.10.17 ・ノーベル文学賞の関連のコメントが、少ないようです。当初、文学者から抗議のコメントが出されていましたが、この数日、殆ど表に出てきません。
・ディランのどこに文学があるのか、という抗議だったと思います。この部分の解釈を巡って、恐らく侃侃諤諤の内なる意見のやり取りがなされているのかも知れませんが、いずこも 模様見という具合なのでしょうか。
・これだけの重要なことに対し、迂闊なことは言えないのかも知れません。
・ひょっとしたら、「文学の定義をめぐる大事件であるのかもしれない」 ですね。
・決して、関係者が醒めている筈はないと思われますが。
・こういう難しい世情です。本音の言えない時代であるのかも知れません。
・一方で、スウェーデン・アカデミーの方から、肝心のディラン氏に連絡がとれない、という話も出ています。(有森)
2016.10.13 ・今年のノーベル文学賞はボブ・ディラン氏に決まったとのことです。文学一筋という枠を越え、シンガーソングライターにまで、対象が広げられたということです。画期的なことですね。目が覚めました。
・詞とメロディからなる彼のメッセージ性は、通常の文学頭に由来するだけでは描けない、格別なものがあります。
・こういう選考がなされたという ことに、書き手の一端にある者としても、賛同するものです。個人的考えに過ぎませんが、歌だからこそ、詞だからこそ、メロディだからこそ、民族を越え、宗教を越え、国を 越え、時代を越えて伝えられるのでしょう。
(毎日新聞)
スウェーデン・アカデミーは13日、2016年のノーベル文学賞を米国のシンガーソングライター、ボブ・ディランさん(75)に授与すると発表した。歌 手の同賞受賞は初めて。ディランさんは「風に吹かれて」などメッセージ性の高い作品で知られる米音楽界の大御所。授賞理由は「偉大な米国の歌の伝統におい て新たな詩的表現を創造した」としている。(有森)
2016.10.06 ・今年のノーベル医学生理学賞を、大隅良典氏(現東京工業大学栄誉教授、福岡高校卒業、福岡市出身、71歳)が受賞されることになりました。「オートファジー(自食作用)」という現象を分子レベルで解明した、という功績に対するものだということです。
・まことにおめでとうございます。
・大隅氏は、次代を担う若者たちに「思ったことを貫ける人になってほしい」とのエールを送りました。それに対し若者たちは、「自分の可能性を信じて夢を追い掛ける勇気をもらった」と目を輝かせていると伝えられています。
・また、福岡高校の後輩たちに大隅氏が伝えた「四つの教え」というものがあるそうです。科学によらず、文芸にも全てに通じることばですので、書き留めたいと思います。
○自分の目で確認を
○はやりを追わない
○小さな発見大切に
○多面的に考えよう

・台風18号(最盛時の勢力:905hPa、最大瞬間風速85m/sという巨大台風)は、10月5日の21時に佐渡沖で温帯低気圧に変わりました。10月2日から3日にかけ猛烈な風で沖縄方面を荒し、以降九州西岸を北上し、長崎沖から狭い対馬海峡を抜け、日本海を北東に向かい進んだものです。
・この台風は、一度も上陸することがなかったため、猛烈な勢いを保ったまま西九州沿岸を通過しました。関係者は、恐れながら通り行くのを待ちましたが、幸い大きな被害の声を聞かずに済みました。
・台風が通過した夕べ、都府楼跡(太宰府政庁跡)の原っぱに立ち、西の空に洗われたかのごとくに輝き出た三日月を、しみじみと眺めたものです。(有森)
2016.09.24 ・第第17号(通巻第84号)の原稿締め切り日は、11月20日(日)(期日厳守)です。
・原稿受付は、11月1日から11月20日の期間に行います。
・海の目指す「発表の場」「広く、遠くに運ぶ場」「文芸を志す者同士の交歓の場」としての目標を果たすことは大切なことだと思いますし、「今成し得るベストの作品」を寄せていただき、新たな時を刻むことができれば、と思うものです。
・海の合い言葉である「ONLY1」の原稿をお待ちします。(有森)
2016.09.19 ・強い台風16号は、今夜半にも鹿児島に上陸するとの予報です。
・その後は、宮崎、四国、近畿というコースを進む見込みだそうです。
・冴えない敬老の日となりましたが、「敬老」ということばの意味や軽重にも、多少変化が出てきたように思われます。
・年齢を問わない、という謳い文句で始めた海ですが、第二期も8年です。気分は変わっていないつもりですが、筆筋も変わらないか、幾ばくかの成長が見られるのかのいずれかであれば嬉しいのですが。
・ともあれ、その方向で継続したいと思うものです。(有森)
2016.09.14 ・秋に入ると、台風が次々に発生しています。
・エルニーニョだとかラニーニャだとかの気象用語をよく聞くのですが、エルニーニョは赤道域の海面水温が平年より高くなる現象であり、ラニーニャは水温が低くなる現象だとのことのようです。
・読んでも、聞いてもよく解らないままですが、今年はラニーニャ現象の方だとか。単純にいかないみたいですが、「夏は暑く、冬は寒く」なるのだそうですが、もともと温暖化の影響の方も絡んでくるので、予報は難しそうです。
・風の向き、乾湿の違い、それらによる気圧配置の変化、海水温の変化等々。結局、私には理解する力はないようです。
・現実問題として、気象現象が局地的に表れ、それも激しいもので、台風のコースも意外な方向に向かい、猛烈な雨風災害をもたらすということを体感します。
・気象が変化すれば、当然農作物への被害、漁獲等への変化など、生活に直結する影響がすぐに出てくるようですし、その影響を実感しています。
・台風や雨や風の猛威により、住環境をはじめとする生活への打撃の方は、当然気になることです。被災地への新たな災害の追い打ちも、心痛むことです。
・JRの車窓から見る「熊本周辺」の光景は、とても痛々しいものでした。(有森)
2016.09.07 ・台風12号に続き、また13号が接近します。
・台風10号の被害の方でさえ、特に東北、北海道ではまだ癒えないままのようです。
・人命、住居、農作物の被害と、ことばがありません。
・昨日、「フランス語で俳句」「俳句をフランス語で」という卓話に招かれて出たのですが、講師の井本氏の奥深さを改めて知りました。
・それにしても、わがぼんくらさ加減が浮き上がる思いで、今に至って反省しきりです。
・一歩、一歩の努力が必要なことだと私自身が思い至ったことです。(有森)
2016.08.31 ・台風10号が去った後、気温がかなり下がり、秋の気配が感じられます。
・台風10号は、迷走の末、初めて東北(岩手)に上陸、普段九州や四国が洗礼を浴びてきた「上陸」というエネルギーのすさまじさを、初めて体験されたとのことです。
・それにしても、東北、北海道の、特に水による被災状況はたいへんなことのようです。心からお見舞いを申し上げます。
・九州の方は、昨夜M4.9、今朝M4.7という地震が、熊本地方を震源として起きています。あの4月の前震、本震、その後1700回を越えるという余震に怯えているところに、震度5程度の大きいものがくると、なななか平常心ではいられません。
・こうも生活が脅かされると、妙に弱気になったりします。
・とまれ、ここは文芸の場です。こういう全てをひっくるめての表現の場です。この人間というわが身に与えられた諸々を、生き、経験していかねばならないのでしょう。
・生活の場も、文芸の道も、いずれも厳しい坂道のようです。(有森)
2016.08.23 ・残暑のお見舞いを申し上げます。
・九州地方は長梅雨が明けると、今度は連日の猛暑となっています。
・毎日気象庁のデータを見させてもらっていますが、西日本、とりわけ北部九州の高温が続くのには閉口しています。この傾向は、ゆうに1か月は越えているでしょう。
・高温は夜も続き、熱帯夜となります。
・リオ・オリンピックの大活躍も重なり、寝不足が続きました。
・比べて、東日本・北日本の方には、相次いで台風が上陸し、水の害が多く出ているようです。心からお見舞い申し上げます。
・第155回芥川賞・直木賞が7月19日に発表され、芥川賞受賞作品「コンビニ人間」(村田沙耶香)を読みました。
・この作品は、現実世界のことや、世間のいわゆる常識とは、ことが「逆転」していて、評は大きく割れるのではないかと思われますが、作者がここまで怯むそぶりも見せずに書けるということは、「才能」だろうと思いました。
・真逆であるが故の面白さ、悲しさ。これを山田詠美氏と同様に「味わい深いアイロニー」というふうに読みました。(有森)
2016.08.08 ・図書新聞同人誌時評(2016.8.13)に、井本氏の小説「星と花 R共和国奇譚」がトップで紹介されました。
・第16号は苦心した(?)甲斐もなく、なかなか時評などに取り上げられずにいましたが、この紹介を得て、やや安堵しました。
・井本氏の筆力の賜だと、編集作業人の立場にいてもホッとしました。
・もっとも、海の装丁や組み方など、外的には改善の余地がありますので、これらには徐々に取り組んでいくつもりです。
・しかし、要は作品の中身の問題です。多く悩み、多く考えたいと思います。
・なにより、この20日あまりの熱波には弱っています。わが太宰府も、この間、全国の観測地点でのトップテンに度々(1位、2位、3位、5位、7位が2度、8位が2度)入るという状況です。ちなみに、昨8月7日は37.3度で7位でした。
・昨日の、立秋とは名ばかりの猛暑が続きます。皆様、御自愛ください。(有森)
2016.07.31 ・東京都知事選挙は、小池百合子氏が20時の時点で当確と出ました。
・23時現在では81.49%の開票率ですが、小池氏約247万票、増田氏約154万票、鳥越氏約114万票というふうになっています。
・元横綱千代の富士の九重親方(国民栄誉賞受賞)が亡くなりました。(61歳)
・いずれも、文芸と直結した話題ではありませんが、大きな関心を抱き、心躍らせてきたことの一つの帰結です。
・勢いある者、衰える者、去りゆく者…人間模様ですね。
・全作家にも、微妙に移り行くことの流れを感じました。(有森)
2016.07.26 ・今朝の西日本詩時評で、笹原氏の「痛み」が紹介されました。
・痛みと不即不離の和みが、夏椿の花のように匂っています、というものです。
・海第二期のはじめに、前主宰から「彼女の詩が発表できるよう守ってくれ」と言われ、それは私なりに実行できているのかもしれないと思っています。
・その他にも伝達があったかもしれませんが、行えているのは多分これだけです。
・と書けば、他の小説、詩、エッセイ、翻訳の作品をないがしろにしているのではないかとのお叱りも受けましょうが、笹原氏は「海第一期と第二期」に所属していますので、前主宰も現在の構成員のことには言葉が及ぶべくもないこと、とご理解いただければと思います。
・それにしても、海第16号の感想をいただく中で、この笹原氏の「痛み」に触れてくださる方が多いのは予想していました。こうして、関心を寄せていただいていることを有り難く思います。彼女の境遇については、ここでは触れないことにさせていただきます。
・また、梅雨に逆戻りしたかのような高温多湿の気候が続きます。
・みなさま、体調管理には十分配慮なさってください。(有森)
2016.07.23 ・昨22日の太宰府は、35.4度の気温で、全国で3位だったということです。久留米が35.6度で2位でしたね。
・久留米には、一昨日50年ぶりに行き、10月に久留米市に移管されることになった石橋美術館の展示「1956久留米からはじまる 『石橋美術館物語』」を観てきました。
・青木繁、坂本繁二郎、藤島武二、古賀春江、佐伯祐三、黒田清輝、セザンヌ、ピカソ、ルノワール、モネなどを心行くまで堪能してきました。
・文芸もいいが、美術もいい。また、音楽もいい、と言わせていただきましょう。
・石橋美術館には1,000点を超える美術品の蒐集があるやに聞いていますが、119点の絵画のそれぞれは、それこそ観る者を圧倒します。
・私の場合ですが、文芸面でこれらの一点にでも近い作品が書ければ嬉しいことなのですが、これら天才の技量には、とてもとても及びようがありません。
・はて、時ならぬ時に、某図書館から「海のバックナンバーを寄贈されたし」という依頼があり、今レターパック2個を投函してきたところです。
・民主文学からも作品推薦の依頼がきていますが、冊子も複数冊付けて送らねばならないため、今年は「送る能わず」ということになりました。
・酷暑に向かいます。みなさまくれぐれも御自愛ください。(有森)
2016.07.19 ・昨18日の海の日、九州地方から東海地方にかけて一斉に梅雨が明けました。
・梅雨最中のべたりとした暑さと、梅雨明け後の暑さは異なります。湿気をあまり感じない後者の方が、心地よいものです。
・ココログを利用しての交流掲示板内の「ワードやPDF掲示板」の作成を提案しましたが、話の持ち出し方に寄り道をしたため、うまく進まないようです。
・交流掲示板に、直接「ワードやPDF文書」が取り込めないため、やや不便な点がありますが、交流掲示板そのものの利用もなかなか順調に、とはいかないものです。
・要は、誌にどういう作品を掲載できるかということですから、冊子の方に目を向けることにしましょう。些事に関わり過ぎたきらいがあります。(有森)
2016.07.12 ・九州地方は、もう1ヶ月以上降り込められているのではないでしょうか。
・来る日も、来る日も雨というのは、いけません。
・太宰府都府楼の林では、ヒグラシが鳴いています。
・ニイニイ蝉でもない、クマ蝉でもない。なにか変だな、という思いを持ちます。
・世界も、日本も、政界をはじめとする線引きも、自然界のことも、荒さを感じます。
・もっと希望を持って、ことに当たらねばと…。(有森)
2016.07.07 ・九州地方は、大雨と、高温と、多湿に見舞われています。よく降る、暑い、が挨拶代わりになりました。(関東では水不足だとか…)
・海第16号(通巻第83号)に対する感想は、コンスタントに届けられています。
・ありがたいことだと思います。
・今号で目立つのは、笹原氏の「痛み」という詩を通した見舞いと、中野氏の「機縁因縁」井本氏の「星と花」への感想が多いようです。
・よくもまあ、こういう誌を続けられるものですね、という労りの感想も嬉しいですね。
・海の作品を離れ、小説を読む会に入れていただいたのですが、すごい長編などが出され、それがまた素晴らしいのに、驚かされました。
・ときどきは、外の風景も眺める必要がありそうです。(有森)
2016.06.28 ・海第16号(通巻第83号)の印象は、おおむね好感をもって受け取られているようで、有り難く思うところです。
・ところが、別の受け取られ方がありました。「文字が小さくなり、レイアウトが中央にまとめられているので、全体が窮屈で縮んだ印象を受ける」という意見です。
・今号から文字のポイントを落とし、字数、行数を増やしたため、レイアウトがやや窮屈になった印象は認めるところで、対応について検討しました。
・実行は次号の第17号から、ということになります。(有森)
2016.06.23 ・海第16号(通巻第83号)を発送して、10日が経ちました。
・早くも冊子の感想などが届けられます。とても、ありがたいことです。
・新たに寄贈してくださる誌もあります。
・作る苦労も、その楽しみも、どの誌も同じなのだと知らせてくださいます。
・同人の頑張りも、他誌の工夫などから触発されるものだと思われます。
・ともに向かい合い、励まし合っていければと思うことです。(有森)
2016.06.13 ・海第16号(通巻第83号)を、今日発送しました。
・全158頁という、先号に比べ頁を意図的に削減する号となりましたが、発行側としては手応えを感じております。
・どう流れいくものか、行く先は流れに委ねたいと思います。(有森)
2016.06.06 ・6月5日の南風忌では、関係の方々にたいへんお世話になりました。この欄からで失礼ですが、心からのお礼を申し上げます。
・さて、Microsoft2013を購入し、インストールしました。
・まだ細かい取り扱いはわかりませんが、Wordがワードパッドに化けた原因は、Wordの読み込みの具合の綾にあるのかもしれない、と今考えているところです。
・もっとも、Office2007も2013も、現在Microsoftのサポート対象期間内であるのですから、いずれの使用も間違いではないのですが、2013からは拡張子docに変換するのがやや難しいのでは、と感じるものです。ましてやPC同士のファイル交換では、こういう現象が希に起こるのかもしれない、とインストールした今は、感じないではありません。
・つまり、今回はファイルのやりとりの点では、両者ともが間違いなどではない、ということがいえるのではないかと。
・今回Microsoftに3年ぶりに関係してみて、同社の対応の不親切さには、いらだちを感じました。読んでも調べても、なんとも判然としないか所のことを知りたくて電話をいれたのですが、担当でないからとたらい回しをされ、結局1時間30分かけても担当者は応対中だとかで、対応してもらえませんでした。(以降は、当方にも外出しなければならない予約用務があったので…)
・Microsoftさん、「どうしてこう頻繁にソフトの中身を変え」、よって「新たなOSや、ソフトを買わねばならなようにするのですか」と恨みごとも言いたくなることです。(有森)
2016.06.05 ・手元に、季刊午前、南風、九州文學などが次々に届きます。
・今、海の内部のことで止まっている場合ではないのです。前を見据え、新たな作品へのチャレンジに励まねばなりません。
・さらなる意欲ある作品を目指しましょう。(有森)
2016.05.30 ・海第16号の原稿を、花書院に持参し、印刷・製本の依頼をしました。
・行程は半ば、というところですが、今回はここに至るまでが誠にたいへんでした。
・事故があったため、(元々ですが)一字一句にまで細心の注意を払い、印刷用原稿(フォーマット原稿)を仕上げたつもりですが、それで完璧かということまではいえません。
・やはり、「依頼し、依頼され」という心が通いあっていなければ、人智には限りがあります。この関係の一部に問題提起があった、ということが最も反省すべき事項でした。
・同人誌とは、「同好の士が、資金を出し合って作成する誌」ですから、(他誌の運営のことはわかりませんが)海の場合は「同列の立場にあって、それぞれがONLY1の作品を目指す」、という目標を定め、それなりの必要な約束や決め事のもとに、そのことに沿った役割のもとに動いています。委員も、勿論その約束のもとに置かれています。
・委員は「指示・命令する」という立場のものではなく、海の運営を支えるために必要な裏方的用務を行う必要があるとして、本来の執筆のことに加え、「付加の用務を遂行する役目を持つ(ボランティアである)」、という以外には何の意味もありません。
・それら必要な約束や決め事は、これまでの運営の中から自然に、あるいは必要に応じ諮った上で成ったもので、「原稿・冊子作成要領」やHPに幾重にも掲載しています。
・約束や決め事は、全ての同人にあって満足であるものとはなり得ていないのであるかもしれませんが、諸問題に対応する中から生まれてきたものです。
・疑義等があれば、「交流掲示板」に申し出ていただくことにもしています。
・こういう言わずもがなのことを再掲したのは、海の再出発ともいうべき第16号(印刷用フォーマット等を、昨年12月に変更した)ということで、私も皆さんも、再度認識していかねば(いただきたい)、という意味合いを込めています。
・ともあれ、今号第16号は、私の見るところでは「再出発に相応しい誌」として歩みつつあるのではないだろうか、と思うものです。(有森)
2016.05.21 ・海の原稿が入りました。今回も、多くの良い作品が寄せられています。
・編集関係は、前号発行後からすぐに取り掛かるのですが、原稿を受け付け始めた4月後半からのめまぐるしさは、なかなか言葉に尽くせません。
・しかし、良い作品に出会うと、疲れなど飛んでしまいます。
・今号は何のトラブルもないようにと願い、細心の注意を払ってきたものですが、何故か必ずと言ってよいほど「事故としか思えない」ことが発生します。
・全体の運びを切らさないように努めつつ、事故の方に大きな時間と心配をしなければならないことになります。
・海という同人誌は、個々が「対等の仲間」であるという約束のもとに集い、動いてきましたし、この精神は今後も変わることはないでしょう。
・ともかく、大波、小波の中、編集まとめにまで至ったことについて安堵しておりますし、「仲間」の熱い協力に感謝しております。(有森)
2016.05.10 ・海の原稿が入り始めると、かかりきりになります。
・今号から、頁組み(字数、行数、レイアウト)、掲載作品数、経費額等を変えて臨んでいますので、この変更を知らないままの原稿提出があり、窓口が混雑しています。
・変更になりましたというお知らせは複数回したつもりですが、なかなか浸透しないものですね。厳しい方向への変更ですので、やや気が重いことです。
・どの誌でもそうでしょうが、1号を出すことの大変さを思います。(有森)
2016.05.07 ・連休中というのは、かつては有り難いものでしたが、受付作業などをしているとかなり悩ましいものですね。
・郵便などがこうも配達されない日が続くのは…。
・4月の大地震以降、心のどこかに動きを抑制する力が働いているのか、周辺まで足をのばすという気分になれないというのは、辛いですね。
・地震は、1,200回を越えたといい、震央の破壊力は阪神の1.3倍だったとか。
・一寸先がわからないというのに、活断層の位置を何度もなぞったり…。(有森)
2016.04.22 ・14日から継続的に続く熊本地震は、マグニチュード7.3の本震を最大として、震度7を2回も記録、震度1以上が800回を越えるという過酷なものです。
・熊本氏在住の上水氏とは、19日に連絡が取れ「家はなんとか大丈夫。寝具、衣類等も大丈夫。電気、水も使えるようになった」ということでした。
・震源に近いところですので案じていましたが、やれやれという思いです。とはいえ、余震が続く中ですので、家の片付けなどたいへんかと思われますが、十分注意し、何とか耐えて頑張っていただきたいと思うものです。
・伝えられるところでは、衣食住諸々の基盤が無残にも打ち壊された状況が見えます。酷な言い方になるかも知れませんが、是非とも前を見て、希望を捨てないでいただきたいと祈るばかりです。(有森)
2016.04.18 ・昨夜は、全作家文芸時評賞の方のお祝いをしました。
・参加数は13名と少数ですが、受賞者のお人柄のせいでしょうか、心に刻まれるほどの、和やかな会でした。
・出席予定の方で、4月14日夜以降激しい地震が続いている熊本地震での医療従事のため、やむなく欠席された方もあり、受賞者も、私たち発起側も、一時は開催延期のことも考えましたが、参加された方皆さんが、明るく受賞を祝っていただき、決行したのも悪くなかったのかなと思いました。
・会は感動的な場面が多く、受賞者の御子息から花束が届いたり、御家族の写真がメモリイとして披露され、メールでのお祝いもあり、たいへん癒やされました。
・こういう会なら何度でも行いたいぐらいで、文芸をやっていてよかったと、久しぶりに思える時間を持つことが出来ました。
・こういう時間にも、熊本地震で被災された方や、医療に従事されている方や、物資を送るボランティアをされる方々がおられることを忘れることが出来ません。
・被災地の方々の上に、一刻も早い笑顔が戻ることを願ってやみません。(有森)
2016.04.06 ・全作家第101号が届きました。
・同人誌の年間最優秀賞に当たる、文芸時評賞2作の発表がなされています。
・九州文學と照葉樹からという、福岡の誌から2作です。
・照葉樹の方は出版元が同じ花書院からということで、普段から親しくお付き合いをさせていただいています。水木作品「CALL」は、障害物も、曲がり角も巧みに配置され、心理描写も行き届いたさすがの作です。
・九州文學の平野氏の「虹の下」というのは、「虹」そのものが何なのかというのを最後まで明かさずに、12日間も架かりぱなしの虹の下で右往左往するという奇妙な話です。約100枚を一気に読ませるという筆力が魅力です。
・残念ながら、海からはなかなか受賞作というものが出せずにいますが、同人個々はコンクール等々で多くの実績を積んでいます。
・しかし、いつか全作家からも注目されるよう頑張りたいと思います。(有森)
2016.04.02 ・3月25日に海第16号の直前原稿提出依頼、受付案内をしました。
・その後の問い合わせ等で、今3人の小説の予定約80頁弱が見えています。
・同人費額を値上げしましたが、その分の頁減となることはやむなしと思います。
・頁を貴重なものとして、活用していきたいと思います。
・井本氏からの、「叱咤激励」とも思える「海へのことば」が届いています。(有森)
2016.03.23 ・海第16号の直前原稿提出依頼、受付案内をしなければなりません。
・今号から、原稿の出し方、組み方、同人費額等が変わります。
・内容の方も、転換の時期にかかっているのかもしれません。
・諸案内は、近日中に行う予定です。(有森)
2016.03.20 ・昨3月19日は福岡市文学賞の授賞式で、たまたま、列席させていただきました。
・福岡市文学賞と言っても、福岡市及び近郊の方以外は御存知ないものだろうと思いますが、福岡市が主催するもので、公募形式を取らず、同賞選考委員会において協議を行い、日常の投稿や同人誌への発表において等の活動の状況から、高い評価を得、業績をあげた方を称揚するというものだろうと思われます。
・海のジャンルでいけば、小説(評論)と詩が対象になります。
・今年度の受賞者は38歳から70歳代半ばの方と幅が広いのですが、それぞれが喜びを語っておられました。
・当然のことながら、海にも「候補」となられた方がおられ、今後是非受賞に至られるよう応援したいと思うものです。
・これだけが目的で海を出す訳ではありませんが、こういうステップを経ることは、自身の喜びにもなり、大きな励みにもなるものと思われます。(有森)
2016.03.18 ・海第二期は、電子情報を利用することを柱として出発したものでした。それは、諸経費を低く抑えるために、第一期の中盤から行われてきた手法を踏襲したものです。
・電子情報の用い方には難しいものがあり、実は電子情報を用いるがために、編集の作業が見え難くなることで、これに泣かされているのも事実です。
・一方、全国に散っている同人に情報を伝達し、反対に意向を聞く上では電子情報を用いることは「外せない」ことでもあります。
・どうしても電子情報に馴染めないという向きもありましょうが、原稿作成から印刷に至る過程では、どこかで誰かが必ず電子情報化しないといけません。
・誰かがやらねばならない作業ですから、同人諸氏にあっては「是非とも決心して使用」していただくことへの御協力をお願いしたいと、今強く望むものです。
・電子情報の礼賛をする訳ではありませんが、「資料の検索」「諸データの検索」等に、将来必ずや役に立つものだと思われます。
・まず、ホームページの閲覧のことからだけでもお願いしたいと望みます。(有森)
2016.03.14 ・同人誌であれば合評会を持つのが本来なすべきことですが、幾度も説明しお願いしているように、海は同人が全国に散り、そのため現在集まりを持てずにいます。
・その合評会を補うものとして、「連絡掲示板」を置き、意見交換の場にさせてもらいたい旨、機会ある毎にお願いしてきました。
・連絡掲示板は、一方的な「お知らせ」の場ではありません。
・紛らわしいので、「交流掲示板」に名称を改めさせていただきたいと思います。
・最近、掲載作品の内容への意見や、苦情に近いものが、有森の元に寄せられますが、これらこそ「交流掲示板」を用いて、意見を出していただきたいものです。
・そうでないと、いただいた意見を執筆者に正確に伝達することは難しいことです。
・意見の中には、これまで掲示板で議論をし、大方の賛同を得て、合意の元に実施している内容を覆すものが多々あります。
・元々海は、電子情報を利用することを大きな柱として出発し、運営しています。
・その御理解と、御協力を改めてお願いするものです。
・それに、同人諸氏の作品には、(私は)敬意を抱くものです。よって、建設的ではなく、貶めるためにある意見などは、いかがなものかと思うものです。
・それに、これも解り難いとは思われますが、「事務局」というものは海には存在いたしません。御自身の作品には、御自身で責任を持っていただくということになります。
・誰かが始末をしてくれるだろうという安易な考えがあれば、それは異なります。もちろん、誌の全般にかかる問題については、発行責任者がその責を負います。
・委員という名称を用いたりしていますが、海の同人個々には何の差も設けておらず、同人は同じ立場で作品を発表する仲間です。
・互いへの信頼を元に、互いの作品に敬意を抱く。ここに海の根本はあります。
・御意見があれば、しかるべき場で述べていただきたいと思います。(有森)
2016.03.07 ・小保方晴子「あの日」が22万部の売り上げ中とのことです。
・書店の目立たないところに置かれていますが、さすがに大きな事件となったstap細胞の中心人物による手記ということで、興味を惹かれるのでしょう。
・私も読みましたが、小説より夢中になって読みました。
・単なる告発本としてではなく、未熟な研究者、加熱するメディア、理研という組織の防衛・人間模様、科学という魔物、利権や名誉に群がる者たちが火を噴き合うさまを描いたドラマとして、痛く感動させられました。(有森)
2016.03.03 ・海同人ではありませんが、同じ花書院から発行されている「照葉樹」の第8号掲載作品、水木氏の「CALL」が、全作家文芸時評賞を受けられるとのことで、同人誌掲載作品の最優秀賞が、井本氏に続き福岡から2名出たということになります。
・お二人とも、まことにおめでとうございます。
・井本氏は「季刊午前」、水木氏は「照葉樹」と、普段身近に厚誼いただいている誌からの選出ということで、海としても、意欲をかきたてられるところです。
・賞を狙って賞を取るということは、なかなか簡単に運ぶものではないと思います。
・海同人におかれては、これまでどおりに、現時点でなし得る最高の作品を発表していただくことを、お願いしたいと思います。
・しかし、2月15日の福岡地区の懇親会で「チャレンジしていく」との強い意見が出されました。是非とも、前向きの姿勢で執筆に向かっていただきたいと願います。(有森)
2016.03.02 ・熊本を拠点とする月刊総合文芸誌「詩と眞實」が、2月で通巻800号に到達したとのことです。「書きたい人の受け皿として発行を続けたい。同人誌とは何かを問い直し、文学界に小さくとも波を立てられる育ちの場でありたい」という目標で取り組んでおられるそうです。
・1948年創刊で、国内最長の歴史を持ち、通巻800号の刊行達成という息の長い取り組みには、敬意を表したいと思います。
・なかでも、発行を続ける秘訣として「主宰を置かず、編集・発行人を中心に開かれた議論を続けてきた」というところには、学ぶことが多くありそうです。(有森)
2016.02.20 ・小説には「ものがたり」「もののあはれ」「ものごころ」が大切だと言われますが、よくよく考えてみると、私の場合、この一つをも満たしていないなと考えました。
・出たとこ勝負の駄文を綴ってきたのだろう、と考え込んでしまいます。
・詩心、感性も必要と言われますが、肝心のものがたりが成っていなければ、詩心も感性もないわけで、ここはじっくり工夫して掛からねば、と思うところです。
・「もののあはれ」も、「ものごころ」も同時に満たさねばならないのですが、まず「ものがたり」を作ること。ここから、やり直しです。
・今回いただいた誌に学ぶところがあります。(有森)
2016.02.16 ・2月15日に、福岡地区の同人有志で懇親会(新年会)を行いました。
・同人諸氏が全国に散っているため、合評会を持たなくなって3年が経過しました。そのため、普段電話やメール等で情報交換をしておりましたが、今回初めての試みとして懇親会を開催することにし、私自身、初めて会う同人もありました。
・一堂に会するとなると、談論風発、実に前向きの声を聞かせていただき、予想を越えた強いインパクトを受けました。
・この面々なら、海のチャレンジはさらに上向きになるだろうと感じ、私の方はたじたじとなりつつも、心地よい気分で3時間弱を過ごさせていただきました。(有森)
2016.02.03 ・第15号作品について、文芸同志会通信には詳細な作品紹介をしていただきました。
・特に、「手記」として発表した赤木氏の「がん闘病記」に対し、「貴重な記録作品」として評価いただき、心から感謝申し上げます。
・福岡地区においては、近く懇親の集まりを持つ予定です。(有森)
2016.02.01 ・久しぶりに、全作家の合評会に出席しました。第100号掌編小説特集63編です。
・見開き2頁ずつの作品ですが、この短さでも作者の姿勢や作品の狙い・内容の度合いというものが分かるものです。
・掌編に限らないことでしょうが、「文章、立ち位置、出だしと終わり」というポイントで読んでいくと、63編それぞれがずい分と個性あるものだと思わせられます。
・年代によってということではないのでしょうが、ベテランは完成度の高い作品を、中堅は模索中の作品を、新しい顔の方は−虚を突かれるほどに意欲的な発想・新鮮さがあったりして、書くということでたいへんためになるものです。
・全作家には、若手の方も入会されているようで、ちゃんと発表の場が準備され、伸び伸びと発表がなされており、良いものが多く見受けられました。
・私など、ブンガクの行方を見失うこともあるのですが、こうして63編の作品を前にすると、「ブンガクの良さ」や「ブンガクは大切なのだ」という思いを改めて持ちました。
・ブンガクは、決してメディア等が扱う「一握りのタレントによる特異なものだけではなく、私やあなたの内に普通にあるものだ」という意を強くしました。(有森)
2016.01.30 ・第15号作品は、関東文芸同人誌交流会掲示板で早々に紹介いただき、感謝申し上げます。
・西日本詩時評、西日本文学展望にも紹介いただき、また、多くの方々から感想を寄せていただき、感謝申し上げます。
・これらを糧に、いっそう内容の充実に向けて頑張りたいと思います。(有森)
2016.01.20 ・井本氏が「トッカータとフーガ」(「季刊午前第51号」発表作品)で文芸思潮の第9回まほろば賞を受賞、17日に授章式が行われ、帰福したとの連絡がありました。
・今日の西日本詩時評には、牧草氏の「針のない時計」が紹介されました。
・第154回芥川賞、直木賞も昨日決まりました。直木賞の青山氏は67歳、歴代2番目に高い年齢での受賞だとのことです。
・それぞれに、お喜びを申し上げます。(有森)
2016.01.08 ・年に発行2回の海では、発表の機会が足りないという同人もあるようで、そのような場合は他誌(全作家、文学街などの全国誌)への加入・投稿も勧めています。
・海での作品に「良いものを出していただくことは一番ありがたいこと」ですが、全国レベルの誌での発表を通じ、違う世界を見て、多くを経験することは、個々にとって大切であろうと思うものです。
・海では、他誌への入会や、公募への応募など、あらゆる発表手段を用い、探ることで高みを目指していただければ、と個々のアップを推奨しています。
・文学街への転載(今号は原氏の評論)をしていただき、ありがたく思っております。
・その他、作品が目にとまれば、三田文学、文芸思潮などが転載という評価をされるようです。結果を恐れずに、チャレンジしていきたいと考えるものです。(有森)
2016.01.06 ・個人的には、年が改まり、さあやるぞの気持ちが湧いてきました。
・年賀状に、次の作品が出来たという同人もあり、頼もしい限りです。
・現在の書き手の個性ある顔ぶれ、次は何が出てくるか楽しみです。
・合評会が行えない状態なので、せめて福岡地区だけでも懇親会を企画しなければ、と思っているところです。(有森)
2016.01.01 ・あけましておめでとうございます。
・今年が皆様にとって、より良い年になることを願います。
・私たちも、志を高くもって進みたいと思います。
・関係各位には、引き続きよろしく御指導を賜りますようお願い申し上げます。(有森)
2015.12.31 ・2015年も、いよいよ今日までとなりました。
・今年いただきました海への、多くの励ましや叱責等を今後に生かしていくべく、取り組んでいきたいと思います。関係各位には、心から感謝申し上げます。
・同人諸氏にも、種々協力いただいたことに対し、お礼を申し上げます。(有森)
2015.12.29 ・年末に思うことは、海にはよい書き手が集い、どの作品を読んでも参考になるものだな、とつくづく思うものです。
・この環境を得ているということをバネに、多の誌や他の多くのことを学び、取り入れ、工夫し、奥深さを知り、さらに磨かねばならない、ということです。
・それに、厳しくも温かい評や感想を寄せていただく各位に、心から感謝しなければならないとも思うものです。(有森)
2015.12.23 ・編集委員会において、海第15号までの点検をし、協議を行いました。
・内容は海の運営全般に及ぶもので、真剣なものになり、厳しいものにもなりました。
・しかし、姿勢は「海の質の向上のために」ということで尽くされ、委員各位の真剣さを教えられるところとなりました。
・同人各位には、これらの趣旨を御理解いただき、引き続き御協力をいただきますよう、よろしくお願いいたします。(有森)
2015.12.21 ・海第15号(通巻第82号)を発送しましたら、多くの感想等を寄せていただいています。
・12月19日に収支が確定したので会計報告を作成し、意見を聞いています。
・通常ですとここで一段落というところですが、この第15号の発行を機に「海の運営について」という内容の、編集委員会をもつことになります。
・いわば、中期点検・次期目標設定等の重要なものです。
・内容の充実と、経費、運営方式等について、というところでしょうか。(有森)
2015.12.14 ・海第15号(通巻第82号)を、今日発送しました。
・全222頁のこれまでで最も厚い冊子となり、発行側としては手応えを感じておりますが、どう流れいくものか、行く先は流れに委ねたいと思います。
・これまでの7年を振り返っての「海の運営について」の委員会を近く持つことにしており、新たな目標やスタイルについて等が協議される予定です。(有森)
2015.12.09 ・海第15号(通巻第82号)は、12月7日に校正を終え、12月14日に発送の予定です。
・今回は、新たな発送方法となるため、どういう準備をして臨むべきかの情報を得て、臨みたいと思います。
・厚さが1センチを越えるのではないか、という点も新たに出逢う事項です。
・第二期創刊時にはなかなか頁が埋まらないという悩みを抱えておりましたが、今では逆の心配を抱え、これらがどう経費に絡んでくるのか、ということが出てきました。
・何はともあれ、書きたい人が書き、発表し、自らの糧となる(努力を重ね、打ち込む)という海の姿勢が、よりよい方向に向かうことを願うものです。(有森)
2015.11.30 ・海第15号(通巻第82号)は、11月30日に印刷所に原稿を持参しました。
・第15号の作品は、読み込みの段階では、どの作品もが緊張感のある質の高いものだと改めて、そう感じました。
・第15号発行後は、「海の運営、編集、会計(会費の見直し)等」について、委員会で検討を行う方向に進むことになります。(有森)
2015.11.21 ・海第15号(通巻第82号)は、11月20日に原稿受付を締め切りました。
・第15号には、小説7編、エッセイ5編、詩4名等からといった熱い原稿が寄せられ、どの作品もが緊張感のある質の高いものだと捉えております。全体頁は、これまでで最も多い222頁を数えております。
・これからの進め方は、委員による最終の「誤記等の確認」を経て、月末頃に印刷所持ち込みの運びとなろうかと考えております。よって、冊子の出来上がりには、今後約1ヶ月を要する見込みです。
・第15号発行後は、中期にさしかかった「海の運営、編集、会計(会費の見直し)等」について、委員会で検討を行う予定にしております。(有森)
2015.11.16 ・予想をはるかに超える原稿の出方で、230頁を超える見込みですが、まだ締め切り4日前です。連絡のつかない方など、ちゃんと原稿が出るでしょうか。
・花書院に、分厚くなったときの送料の変化などについて尋ねました。
・校正のやりとりが必ずしもうまくいっていません。連絡掲示板に、協力依頼を載せています。
・1号を出すということは、やはり大変なことです。(有森)
2015.11.10 ・ほんの1週間前、170頁前後になるとの予測をたてていましたが、大幅な修正が必要になってきそうです。
・予想をはるかに超える原稿の出方で、230頁を超える見込み、との情報に改めねばならない状態になってきました。何が原因で、という訳ではなく、少しずつの増が積み重なって、増える見込みとなりました。
・元気が出てきたというべきか、一時的な現象であるのかは分かりませんが、次号以降の掲載内容、会費の額に大きな課題を投げそうです。
・もっとも、内容が充実するのであれば検討のしがいがあるというものです。(有森)
2015.11.04 ・新規入会者の作品など、次々と作品が出されています。
・まだ正確な予想は出来ませんが、170頁前後になるのではないかと思われます。皆さんのおおせいな筆の前に、作業の方がタジタジとなっております。
・今号からは、出来るだけ種目をしぼり、各種目の中でも作品を精選する道筋をつけていくための試みに努めてみたいと思います。(有森)
2015.10.27 ・井本元義氏の「瑠璃の陸橋」も、早々と評が出始めました。この作品は、氏が文学に目覚め、挑戦し、今日また深くチャレンジしようという様を、経験の中から得たもろもろをぶつけた作品ですから、迫力があります。文章も、よく磨かれたものだと思います。
・前号には掲載されなかった高岡氏からも、よい作品が出されています。氏のある方向に運ぼうとする心理の操り方には、目を瞠らせる巧みさがあります。(有森)
2015.10.25 ・井本元義氏、またまた快挙です。季刊午前第51号に発表の「トッカータとフーガ」が今日、「第9回まほろば賞」に決定したとの連絡があったとのことです。
・この作品については、ストーリーにおいても、心理描写においても、背景描写においても「非常に完成度の高い、香しい作品」でした。
・おめでとうございます。
・井本さん、「フランス語で俳句」入選(フランス旅行付)、詩集「回帰」発行に続き、素晴らしい足跡ですね。同じ季刊午前第52号の「瑠璃の陸橋」もいい作品です。
・海の方にも、よい作品を待っております。
2015.10.18 ・季刊午前に、改めて見入ることになりました。綺麗ですね。素人のダササがありません。それは、北川氏が志れた誌ですからねえ。
・これを比べてF氏が「見習うべき」だと言われたのですね。確かに、無駄がない、絵も、スペースも上手に使ってあり、玄人の誌ですよね。構成員にも、構成員数にも恵まれています。かつての海も、こんな時期があったのでしたが。
・昨夜、電子書庫用の整理をしていましたら、遅くなってしまいました。
・李白も、杜甫も届きました。村上昭夫、鮎川信夫らの詩集の数冊、漢詩、欧州の詩など、しばらく詩の中に暮らすことになりそうです。
・また、「現代の秀句」(1976年版)を、わが本箱から取り出し眺めていたら、よい句がたくさんあって、印をいくつもつけています。あれは、もう40年前ですか。(有森)
2015.10.09 ・海の原稿受付期間が間近になりました。これから、約1か月半、編集作業人として、海の仕事をすることになります。
・現在の海の運営については、「個人誌の手法」で行ってきたため、特に編集面での苦しさを感じてきました。他誌などは、それほど苦しんではおられないとのことです。どこに問題があるのか、海の運営について、近々考えねばならないと思われます。
・地理的にまとまれないということが現況を生み出している大きな原因ですが、1)三役(主宰、編集、会計:主宰はおかず編集委員会体制をとっている)をどうするか、2)掲載方針(掲載分の決定、掲載順序、掲載量等)をどうするか、3)同人費の見直しをどうするか、等々が懸案となっています。
・検討を行うのは、第15号発行後を考えて考えています。
※最近、日付や、号数のミスプリントが多く、反省しております。(有森)
2015.10.02 ・全作家第99号が届きました。陽羅、野辺各氏による美倉さんの弔文には泣かされます。本当に淋しくなりましたね。野辺氏の編集後記『石川氏が「ああ、健さん、起きろよ」と小声で言い、すすり泣いていた』というくだりが堪りません。
・エッセイでは、橋氏の全作家に久しぶりに出られた7月の会の模様が書かれていますが、ハートの底から信頼しあえる仲間が集う場、という感想に心惹かれました。
・久しぶりに天神に出、TSUTAYAに寄ってみたのですが、目指す詩集には出会えませんでした。やはり、アマゾンでということになりそうです。(有森)
2015.09.30 ・全作家の電子書庫に、作品を発表させてもらっています。ここに作品を掲載していただくなどお恥ずかしい限りです。
・詩など50年前の記憶を頼りに書いています。さすがに、少しは学ばないとと痛切に思うものです。勿論、小説も同様です。
・注文し、届いた詩集などを読んでいます。高見順、立原道造、山村暮鳥、三好達治、八木重吉、草野心平、田中冬二、石垣りんなど、なかなかいいですね。萩原朔太郎、中原中也は勿論です。ただ、現代詩の、鮎川信夫ほかを読んでみたいものです。
・電子書庫に、取り組みへの真剣さの必要を教えてもらっています。(有森)
2015.09.17 ・最近の気象、関東・東北の台風17号と18号がもたらしたとみられる「線状降水帯」による豪雨被害(9.11〜12)、都心を震源とするM5.3で震度5弱の地震(9.12)、阿蘇の噴火(9.14)、チリでのM8.3の地震(9.17)と、自然が猛威をふるっています。
・安保法案も、大詰めになりました。
・井本氏の活躍には、目を瞠らせられます。小説、エッセイ、詩、俳句にまですばらしいものです。俳句の「フランス旅行」という褒美が格別ですね。(有森)
2015.09.10 ・関東文芸同人誌交流会掲示板に、ようやく海第14号の記事が掲載され始めました。多くを取り上げてもらっており、嬉しいことです。
・私事では、全作家短編集のわが作品への評が届きましたが、欠点をズバリつかれて、なるほどなあと感心し、痛く反省するところです。(有森)
2015.09.07 ・下記のような経緯を経て、編集・印刷ということの難しさを知りましたが、今日はスケジュールを進めて、直前に行う「原稿締め切り連絡」を発信(発送)しました。
・海の台所のことを考え、これまでどおりの「ワードによる完全原稿に近い」ものを作成するという方向で、進むことになります。
・海第15号がよりよいものになればいいのだが、と願うのみです。
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・完全原稿という言葉は、10通りを越えるケースに使うことがあるとのことです。ワードを用いての原稿作成は、そのまま印刷可というにはほど遠い内容ですね。
・言葉というものは難しいもので、引いても押しても的確というところには収まらないもののようで、ここから作品の方に話題を変えるのは適切ではないかもし れませんが、人によっていかようにも取れるというのが、われわれが書く作品ですね。作品の言葉に慣れ過ぎているのでしょうか。安易に言葉を使ってしまいま す。
・そこでまた、元の話題に戻りますと、完全原稿に「近い」、という言葉でさえ意味するところが正確ではありません。こういう大きな問題になるとは思わなかったというところが、素人の浅はかさです。
・とはいえ、目の前のスケジュールをこなさねばなりません。海の原稿締切の最後の連絡を行い、原稿の受け入れ、編集作業に入っていきます。
・花書院には、お会いする機会があれば、編集ソフトがなにものかについて聞かせていただくことにし、当面はスケジュールをこなすことにしたいと思います。(有森)
2015.09.03 ・編集ソフトを用いてはどうかとの意見が出ていますが、完全原稿を出すということで話が出来ていますから、唐突な感じは否めません。
・海は経費の余裕がなく、そのための編集担当者の作業が必要ですので、印刷所に無理を言うのは筋ではありません、
・編集ソフトを用いたとしても、編集の中身が軽減される訳ではありません。むしろ、煩雑さを呼び込むのではないかという感がします。
・当該他誌は海の2倍以上の人員を抱えておられますので、余裕のある編集をされているのではないでしょうか。
・海の問題は、「全国に同人が散っており」「一同に集まることが出来ず」「編集、会計、主宰もどきの役割が一人に集中しており」、それがために「たいへんということではなく」「繋いでいくことが出来ず」「一人が考えることですから、いくらメール等で意見を聞いても意見が出てこず」「よって新しい案の出ようがなく」「そのことから、ますます一人の手に落ちてしまう」という悪循環に入っているということです。(有森)
2015.08.28 ・又吉直樹作品「火花」が209万部、同作品掲載の文藝春秋が100部突破の売れ行きだそうです。何か、いくら(金額)売り上げたかという話がメインのような…。
・25日の台風15号は凄かったです。3時過ぎに雨戸が激しく鳴り出したので、TVを。やっています、NHKで。鹿児島の西海上にあって、940hpa、最大風速50m、最大瞬間風速70mとあります。沖縄の石垣島では最大瞬間風速71mだとか。
・それが九州の西海岸線沿いに北上し、勢力は変わらないまま6時過ぎに熊本荒尾付近に上陸するまでの間、同じ勢力を保っていました。
・荒尾上陸後は、945hpa、最大風速45→40m、最大瞬間風速60mと、大牟田→八女→久留米→太宰府→古賀と、わが市の上を通り、午後玄界灘に抜けました。
・西日本新聞のトップにも書いているように、最近の災害は「荒々しい」ものに変わっている気がします。(有森)
2015.08.24 ・ひょんなことから、全作家のHPに作品を掲載してみてはどうかということになり、そういえば既刊の「コスモスダンス」や「零地点」ほかの作品について、オノマトペや未使用十箇条などを取り入れ、作品をいずれ書き直すということを考えていましたので、今がそのときかと判断したのが浅はかなところで、いざ始めてみるとわが作品の手に負えなさ加減に泣き出したくなりました。それでもと、意地を張ったのがまずく、3回見直しをしたのですが、提出してみてその作業のお粗末さに、愕然ときています。
・この気候不順を忘れさせてくれるぐらいに入れ込んだのですが、元々根の浅いものを急に名品に仕上げるという方がおかしいというものです。
・貴重な経験をしつつありますが、また恥を書くというか、実力のとおりに、恥の上塗りをしているのだと、覚悟を決めました。
・この夏は殊の外暑く、また台風に悩まされています。暑いというより、連日蒸し暑いという方が当たっています。今も、非常に強い台風15号が接近しています。(有森)
2015.08.05 ・34.9度、暑いです。でも館林は、なんと39.8度。いやはや、なんと。
・世界の熱波も凄いですね。「アルプスの氷河がすごい勢いで解けている」なんて。イラクは52度。もう、どうなっているのでしょう。  
・私的なことですが、全作家HP用として、コスモスダンス収録分の5作を微修正し送りました。火の音収録分は、しばらく時間を置いてということになるでしょう。
・詩や俳句自由律も手掛けることにしていますから、こちらが先になりますか。もっと良い作品をお持ちの方は、多くおられると思いますが、新参者が申し訳ないことです。
・橋さんから「白幻記」という本が送られてきました。今の作業をするため、読ませてもらうのは少し後になってしまいそうです。
・文学街334号も送られてきましたが、330号のわが「女王蜂の飛行」を嫌いではないという意見の方がおられ、ほっとしました。森氏が、数ある意見の中から、わざわざこれを見付けだし、掲載してくださったのかもしれません。(有森)
2015.07.22 ・高岡氏の入選作「恥じらう月」が収められた「立川文学X」という本を受贈しました。
・選者の志茂田景樹氏が高岡作品を評し、「完成度が高い。この人は今回の作品を大きく越える傑作が書けるような気がします」と言及されています。
・評のとおり、落ち着いた文体、落ち着いた心理描写、落ち着いた情景描写に感心させられます。現実の書店に並べられている作品に比べても、遜色がない気がします。
・在野にも、こういう良い作品があるのだな、と意を強くしました。(有森)
2015.07.22 ・又吉直樹の「火花」(第153回芥川賞)が、120万部を突破するとのことです。
・出版社・書店の後援というのは大きいですね。それより、編集者に恵まれるということも作家の才能を開花させる上では、欠かせないことだと思います。
・海に掲載するときも、十分に練ります。練ったつもりが日を開けて見ると、不十分な点がいくらも見付かります。ここに第三者の目が入れば、とどれだけ思うことでしょう。
・同人誌では、どうしても作者の自己責任になります。そういう仕組みを選んだのですから、自分が自分を鍛えていかねばなりません。自分 自身の内に、どれだけ編集者の心得を会得し、客観的な目を併せ持つかということでしょう。
・客観的な目を持ち過ぎると、そもそもが始まらないということも言えることです。要は、与えられた環境の中で地道に工夫を重ねていく、ということになりましょうか。(有森)
2015.07.17 ・又吉直樹の「火花」(第153回芥川賞)が、100万部を突破するとのことです。
・「芥川賞“復権”へののろし」というのが、西日本新聞の夕刊の見出しです。ぶっそうな見出しだなあ。品がないなあ、と見たのはほかでもありません。なるほど、出版不況と言われる中、出版界の狙った作戦が見事に的中したという訳でしょう。
・文學界の同人誌評の廃止(2008年12月号)をめぐっては同人誌界に衝撃を与えましたが、狙いはここにあったのですね。出版社も書店も、勝ち抜くため には企業の論理で動くのはしかたのないことでしょうし、「関係する出版社で候補作を選び当選作を出している」ということを、当たり前に公表した方がよくはないでしょうか。(有森)
2015.07.10 ・井本さん大活躍、ですね。当方は、季刊午前に掲載された作品の件をこのホームページに掲載させてもらっていますが、季刊午前様にはお許しいただいて、海の同人としての嬉しいニュースとして掲載しております。
・井本さんには、最優秀作等々、より上を目指し活躍していただきたいと願います。
・素晴らしい作品をいつも掲載される季刊午前様もおめでとうございます。
・わが所属する全作家からも、嶋津治夫氏が「地の来歴」で同賞に選ばれています。(有森)
2015.07.08 ・海第14号に対する評等が出始めました。
・いろいろな内容の評や感想をいただき、ありがたいと思います。(有森)
2015.07.07 ・海第14号に対していただいた意見について、「海の問題」として討議を行いました。
・現在の構成人数の中で、かつ、積極的に発信したいという要望の中で、これを大幅に変えるという方向に、すぐには転換することは出来ないことです。
・しかし、今の状態から動けないというのもどうか、ということです。
・これらは、時間をかけて将来の方向を定めねばなりませんが、現在でも可能である種目のまとめなどを考え=「俳句、掌編小説をトル」こととし、「掌編小説は小説に」、「詩と画は詩に」まとめるという「当面の案」で臨みたい、としました。(有森)
2015.07.01 ・昨晩は、井本さんの「フランス語で俳句」(フランス政府の募集)の入選というニュースで、メールの周知やホームページの書き込みを大急ぎでしました。
・彼は、大きなニュースを、小さな手土産でもぶら下げてといった格好で知らせてきて、びっくりさせてくれます。サスガです。(有森)
2015.06.30 ・海第14号に対して、厳しい意見や、共感していただいたという意見など、多くの角度からの意見をいただいております。ありがたいことだと思います。
・検討を要する件は同人の意見を聞き、まとめ案を作成しました。(有森)
2015.06.25 ・海第14号への感想をいただきました。検討が必要なようですので、紹介します。
・以前からもいただいていた感想「個人が複数の作品を掲載しており、雑駁な感じが否めない。作品に賭ける真剣味という点でも、いかがなものか」というものです。
・かつて、同様の感想をいただき、中央からも、「もし良い作品があったとしても、他の作品との兼ね合いで評価が薄められてしまう」という評もいただいておりました。
・海の伝統として、「表現し、発表する」ことに目標を定め、現在の型になっておりますが、以前にも行ったように同人の意見を聞き、対策を検討したいと考えます。(有森)
2015.06.22 ・海第14号の感想をメールでいただきます。読んでいただくということは、ありがたいことです。途中でへばりそうになっていたことも、癒やされます。
・海第14号の会計を済ませ、会計報告を出しました。はて、了解が得られますやら。
・同時に、海第15号からの委員の構成を変えました。井本氏に加わってもらい、福岡地区が手薄な現況を少しでも改善していきたいということ、及び海の運営 状況を一人でも多くの人に理解していただきたいという意を込めて、ということです。
・海第14号についての感想が、郵送でも届きます。「あちらこちら文学散歩」には、写真や図を入れたらどうかという意見には、納得しました。と同時に、何故当初から そうしなかったのだろう、という反省が出てきました。やはり、複数の目で見て行かないことには、初歩的な勘違い、思い違い、思い込みが生じてしまうもので すね。(有森)
2015.06.17 ・海の発送作業を行いました。ヤマトのメール便が7月で廃止(一般には3月末で廃止)されるので、これまでと多少異なった方法で行ったこともあり、実質4時間を要しました。やれやれですが、中身がうまくいっていることを祈るものです。
・発送が終われば請求に基づき支払いをし、それが終われば会計報告を作成します。
・会計報告に異議がないとわかった時点で、第14号が終わります。いえ、評や感想が届くのはその後になるのですから、対外的にはこれが始まりだということになります。
・それに、ホームページなどの整理が必要になります。(有森)
2015.06.12 ・6月17日の海発送を前に、3点ほど詰めておく必要のあるものがあります。
・急遽登場した(1)文学フリマにどう臨むか、(2)編集は現在のままで行くか、それともアクセントを付けるか、(3)ヤマトのメール便が廃止になる影響を被ることになる第15号の同人費額をいどうするか、というものです。
・(1)の文学フリマは、「ブース使用料要、販売用冊子は少部数しかない。準備や現場の対応に誰が臨むか」等の問題があり、見学に行くことはヨシとして も、ブースを出すこについては出さない方向で様子を見る、(2)編集にアクセントを付けるということは分かるが、何を主にするのか等編集担当者に負わされ るには荷が重たく、作品を平等に発表するという海の主義に完全に嵌まるものではない。ただ、事務連絡的な部分はフォントを落とすなど、作品とは明確に区別 する、(3)同人費額については、手元にも発行所にも何のデータがない中、シュミレーションのしようがないので、やむなく現行のままで行き、データが出た 時点で考える、というあたりになるのかな、というのが現在考えられ得る線になりましょう。(有森)
2015.06.01 ・海の原稿を印刷所に持ち込みました。予定どおりでいけば、13日までの週に校正、20日までの週に発送可となる運びだとか。
・約1週間は海のことを考えずに、他のことをしたいものです。
・ただ、メール便の廃止に伴い、今後の送付方法、送料がどうなるかです。多分経費が膨らむことになりましょうから、会費にどういう影響が出るかが気掛かりです。(有森)
2015.05.30 ・井本氏の小説「トッカータとフーガ」(季刊午前第51号)が今日の西日本文学展望に、「仏の文学」を背景にしたものとして、高い評価を得ています。
・井本氏はランボーをこよなく愛する人で、主に詩文を磨いてきたということですが、小説にもこのような香り高い作品を寄せ得るということに脱帽です。
・海の修正データを入力し、通し読みをしています。やはり、ペーパーで読まないことには感じが掴みにくいものです。ペーパーと修正後のデータを見比べながら、読み返します。これが最終作業となると、難しいし、迷いが生じたりします。
・出来るだけ誤記などのないようにしようと、努めます。結構たいへんな作業です。慣れれば、余計に細かい詰めをすることになりますから。
・結局、6月1日に印刷所に持ち込むという予定にしました。この間、まだ読む時間もないのに、アマゾンで20冊近い注文をしました。(有森)
2015.05.27 ・編集委員による海第14号の最終確認の結果を得て、大元のデータを修正します。今回は偏りが見られますが、カタカナ文字の表記の直しが大半を占めています。
・本人校正には出しているのですが、最終確認で今回ほどの大幅な修正が必要となったのは初めての経験です。やはり、作者は「真剣に取り組んでほしい」とし か言いようのない状態にあります。自身の表現内容は、突き詰めて考え、行う必要があるのではないでしょうか。それに、読み返してみれば簡単に分かる誤記が 多いのが目立ちます。
・編集者まかせではなく、自分の作品にもっと愚直に向かう必要がありそうです。(有森)
2015.05.26 ・海の委員による最終確認が行われ、戻ってきつつあります。これが揃えば、私の方でデータの修正を行い、今一度全体の読み返しを行います。
・7月1日の発行に向け、スケジュールが順調に刻まれています。(有森)
2015.05.22 ・全体の原稿が出揃ったので、頁を打ち、目次を作りました。168頁になりました。
・共通分、特に「あとがき」などを作成し、1冊の中身を定めました。書き終えたのが午前2時になったので、後の作業は翌日に回すことにしました。
・小説2編というのは少し物足りませんが、詩やエッセイが充実しています。
・冊子1冊分の中身をプリントアウトし、編集担当者に送りました。ペーパーそのものを読んでもらい、誤字等を修正しようとするものです。
・WEB上でチェックをしてもらう委員にも、メールでデータを送りました。
・ここまでが、編集の大きな作業になります。編集担当者でのチェックが済めば、印刷所に原稿を持ち込みます。6月下旬の発行を目指します。(有森)
2015.05.16 ・海の原稿について、いつも寄稿される方でまだ連絡のない方に電話で尋ね、大方の内容が見えてきました。今号は、詩とエッセイのレベルが高いように見えます。
・小説の方は、休会者が出た関係で、1編の作品が掲載出来ないという残念なことになりそうです。小説と評論の肉付けがなれば、かなりのレベルアップとなるのですが。
・掌編作品をようやく書き終えました。掌編といえども、難しいものですね。
・この間、アマゾンに注文していた「百年の孤独」(ガルシア・マルケス)、「拳銃と十五の短編」(三浦哲郎)ほかの6冊が届いています。
・文学やるぞ、の掛け声のもと、まず「真剣に読むこと、読み返すこと」に気合いを入れ、取り組んでいます。漫然とではなく、「やるなら、まともにやろう」の気持になりました。どこまでやれるかはともかく、「やってやれるところまで」のつもりです。(有森)
2015.05.07 ・海の作品の原稿を受付け、割付を行い、校正依頼を出しています。
・私事ですが、文学街330号「女王蜂の飛行」については、活字になった この作品を読み返す力が湧き上がらず、悩みました。「読み物に堕した」「今の緊迫した世情とかけ離れ過ぎている」「性の露骨な描写に終始している(ポルノ まがい)のではないか」といった言葉が、自分を責め続けておりました。
・それも、これが何故か近作で、なぜこうなったのかの意識付けをなし得ないまま、発表してしまったことについて、「いくら恥を書くと宣言したからといって、もう少し書きようもあったろうに」と思い、落ち込んでしまいました。
・私の場合、いつの場合も、どなたにも事前の相談はいたしませんので、まさに「自己責任」ということになります。
・それにしても、発表するということの難しさを今回改めて知ることになりました。書くという行為の最中にはそれほど感じなかったものが、日の元に晒される という段階にくると、辛くもあり、しかしこうやって進ませていただく、という無形の何かを得た思いもします。「だからこそ書く」という動機付けの方も、併せて 得た気がしますが…。(有森)
2015.05.04 ・海の原稿の方に気持が奪われています。今号は、原稿の出方が早いので助かります。もっとも、いつも出て来る3〜4人の原稿待ちという状況です。
・文化第189号(福岡文化連盟)に掲載された高村薫氏の、第45回九州芸術祭文学賞記念講演録を読み、文学の置かれた状況をよく理解することができました。(有森)
2015.04.29 ・地震、火山、テロ、キナ臭い方向への転換等々、世の中、本当に殺伐としていますね。こう世の中が逼塞していると、夢だとか、展望だとかが描き辛くなってきます。
・他誌の皆様は、どのようにお考えなのでしょうか。(有森)
2015.04.27 ・海の編集作業の続きです。少し間が出来ました。本当にたいへんなのは、5月20日の締切前後あたりから6月20日頃までになる予定です。
・その間、読む、書くの方にも身を入れていきたいと思います。
・又吉直樹の小説「火花」が掲載された文学界2月号が再増刷で4万部の創刊以来 初の大ヒットを記録しているそうです…。
・単行本も、35万部とか…。第28回「三島由紀夫賞」の候補になっています…。
・文学街330号が届きました。何しろ、どこにも掲載しなかった「女王蜂の飛行」を掲載してもらっていますが、同誌のレベルを落としやしないかと心配です。(有森)
2015.04.21 ・海の原稿が本格的に出てきだしました。井本氏の「あちらこちら文学散歩」はなかなか面白いものです。何しろ、御自身の見たままが書かれていますから。それも、舞台はフランスから始まります。海の内容に、より文学性が加わり有り難いところです。
・この分で行くと、当分の間連載となるでしょうから、乞う御期待ですね。
・詩も本格的になりました。群青氏も詩や劇を書かれるそうですから、井本氏、群青氏、笹原氏、鳥井氏で、誌面が大幅に刷新されんことを期待します。
・海第一期には優れた詩人が在籍されましたから、その優れた作品を再掲することも始めて見たいと思います。
・小説の方も、レベルを上げていきたいですね。一つ望むとすれば、女流の小説が加わることです。女性ならではの情念が入ってくれば、海の全体も「より粘りのあるもの」に変われるのでしょうが、こればかりは都合よくは行きません。
・勿論、牧草氏、高岡氏、赤木氏という現在のメンバーでかなりのレベルの作品が書かれてきましたから、より以上のアップといきたいものです。
・エッセイでは、上水氏、原氏に大いに期待ですね。
・和田の遺稿文の書き出しを、2日掛かって終えました。「茶色の旅」とあったタイトルを、中身にふさわしい「リメンバー・パールハーバー」としました。
・戦後70年ということに拘ったものではなく、真珠湾を訪ね、アメリカの見方と日本の見方の違いをまざまざと体験するということと、今の日本の変容につい て触れたものであることとで、そう改題しました。頁数もかなりあり、8頁を数えました。(有森)
2015.04.10 ・海掲載のわが作品を見直していますが、しばらく間を空けて第4回目に入りたいと思います。以前の第2回目で、詩と俳句は半分に削ることにしました。
・作品というものは、1月も空けて見ると、全く印象が異なってくるものですね。発表した作品を、他の方が読まれたときに感じる印象が、作者の思いとはズレ るということが分かる気がします。作者本人が、間を空けることにより、多少は他人の目を持った読み手に変わるのですから、「創る」「書く」ということは簡 単ではありません。(有森)
2015.04.09 ・5日にはちょうど上京していた井本氏によると、新規入会希望者の群青(むれあおい)氏は「北九州の医師で、革命家、詩人、劇作家、すごい男です」ということで、実現すればたいへんすごいことになりそうです。
・海第14号の準備態勢に入り、今出来るところから始めました。やはり、このモードに入ると真剣になります。他誌に投稿するときも十分気を配りますが、自 分たちが発行する誌となると、さすがに違うものです。良い作品の寄稿を期待するものです。(有森)
2015.03.26 ・昨日「響第21号」を受贈しました。そこで、早速高岡啓次郎氏の「ドグラマズラの呪縛」を読ませてもらいました。くどくどした感想は述べ得ませんし、1回だけしか読んでいませんので、読み違いもあるかもしれませんが。
・この作品から感じたのは「天才現る」という言葉でした。この作品がどう作られたものか知らないままの感想ですが、「これほどの奇想天外」な話を「同人誌に 書くとは」「天才か、魔神か」という(作品内容の表現に従うものではありませんが)、一種異様な境地ですね。そう感じました。小説の良し悪しは評論家諸氏にお任せするとしても、これほど興味を惹かれ、速く頁を繰った作品はありません。驚きです。(有森)
2015.03.25 ・牧草氏と、太宰府市民図書館で1時間以上喋りました。原稿が出来次第送ってもらえば対応すること、パソコンの諸々について、野菜による健康維持について等々です。
・高岡氏から、関東文芸同人誌交流会掲示板に、立川文学賞についての書き込みがあったので、海の連絡掲示板にも転載させてもらいました。
・森田雄蔵賞から海に進呈される金額について、同連絡掲示板に掲載しました。
・このように、同時期に2つの賞についての掲載が出来ることは、めったにないことだと思われます。同人各位の熱意に繋がっていけば、有り難いなと思います。
・一挙に、ちば文学、響、文学街が届きました。
・響には高岡氏が小説「ドグラマズラの呪縛」を、文学街には井本氏がエッセイ「美しい色」を書かれています。海の同人が、他の誌においても、おおいに活躍されることはたいへん嬉しいことです。(有森)
2015.03.21 ・根保氏の作品の文章は、真っ直ぐに入ってきます。文章が洗練され、余分な形容もなく、完成度の高い文体だからでしょう。
・こういう文章を読むのは気持がいいものです。1行1行から、こういうふうに書けばいい、とでもいうふうな刺激を得ます。
・何を書くかということも大事ですが、まず文章に切れがあるということで和まされます。また、「良い文章を書く」ということが何と大切なことか、と知らされます。
・小説と詩と評論第334号を、再度読み返しています。1度だけでは微かにしか掴めていなかったようです。やはり、頭の固い自分には努力を課すしかないですね。
・時間があれば、進行中の作品にも少しでもいいから触れて置きたいと思います。書かないことには、展開のしようもありませんし、書く中で拾える場面や言葉があります。あれこれ先に思案するより、愚直に進むほかありません。(有森)
2015.03.16 ・根保孝栄氏から、「コブタン」第39号を恵与いただきました。根保氏は文芸評論の外、短歌、時事評論をメインになされるのかと思っていましたら、この号には「野を翔る声」という小説(後編の部・約100枚)が掲載されています。届いたばかりですので内容はこれから読ませていただくことにしますが、コメントがありましたのでそれを記させていただきます。
(根保氏のコメント)
「(前略)ご活躍ですね。高岡さんも負けじと張り合って頑張ってます。互いに刺激しあって、佳き作品を書かれんこと願ってます。(中略)同人雑誌を抜きん出て(後略)」
・根保氏には、関東文芸同人誌交流掲示板等で、海作品に対し、いつも的確でかつ熱い御助言、御指導をいただいています。上記は、海の同人に対するさらなる激励だと読ませていただき、感謝申し上げます。(有森)
2015.03.16 ・先日来の「何のために書くのか」「何故書くのか」という自らの問いに対し、明確に答えることは出来ません。しかし、その「ココロ」を言うならば、

 
この道より我を生かす道なしこの道を歩く  武者小路實篤

・ということになるのでしょうか。勿論何の答えにもなっていません。「我を生かす」ことになっているのかさえも分かりません。ということは、やはり答えが 出ないということに他なりません。九州文学の編集後記にも書かれていましたが、「病気」であるという方がまだ近いのかもしれません。それも心の病気です。
・文芸〜芸術という厄介なもの、これは生活手段を生み出すということとは逆向きに作用することが多いようです。(有森)
2015.03.16 ・書くことに専念しようと構えていましたが、なかなか進みません。一挙に走り出す切っ掛けが掴めれば、そうなる気配もあるのですが。
・谷川俊太郎と川島小鳥の〈タマシヒ〉の世界を旅する展覧会という広告が、新聞に出ていました。そこで目に止まった詩の一部を。とても惹かれた言葉です。(有森)

 
この世での故郷の先に
 あの世での故郷が
 あるのではないか
 タマシヒは多分
 それを知っている


2015.03.14 ・今日受贈した「なんじゃもんじゃ」第19号によると、次号は転居される高知からの発行になるとのことです。
・前号に、今後の継続は考えていないというような記述があり、案じていたのですが、継続されるということで安堵いたしました。
・経緯については冊子に詳細に書かれているようです。ともあれ、これからも変わらず指標となるような冊子を読ませていただきたいと願うものです。(有森)
2015.03.13 ・今日受贈した「ふたり」第13号の中の、陽羅義光氏の自伝と称する「なぜ私は書いてきたのか」を読み、いよいよ唸りました。「モノを書くために生活するのだ」とあります。
・氏のモノを書く姿勢には日頃から強く打たれるものがあるのですが、こうまでに書くことに命を燃やしている人を知りません。
・「何故書くのか」という問いなどを突き抜け、「書くために生きる」という訳です。
・この言葉はオーバーでも、嘘でもありません。学生時代に結核を患って以降、頭の先から足の爪の先まで病気をされ、昨年末にも大きな手術をされました。
・さらに、地下鉄サリン事件の被害者でもあるということです。
・氏の読書量の凄まじさは常人の域になく、執筆量も常人のそれを越えています。演劇も、映画も、詩も、評論も、エッセイも、作詞も、コピーも、およそ芸術と名のつくものは何でもこなし、これが同じ人間の業か、と思わせられるばかりです。
・氏の書く姿勢は真剣そのもので、「遺書を書くつもりで一作に向かう」とあります。
・陽羅氏を知り、偽りのない「巨大な山」を見上げるということを実感しています。
・私ごときが弱音を吐くのは、全くのお門違いというものです。(有森)
2015.03.11 ・受贈した九州文学の編集後記にも書かれていることです。
・最近、何故書くのだろうという問いを発し、自分自身が答えることが出来ずにおりました。「何のために、どうして書くのだろう」という問いは以前から身の内にありましたし、いろいろな場所でも問われてきました。
「何が面白いのですか。自慢でもしたいのですか(自慢などになる訳ないですが)」
「気持悪くないですか(周囲は気持がよくない…のですよね、多分)」
「まだやってるのか。いつまでやるつもりか(これは身内から。嫌なのでしょう)」
・と書いてみても、どうにもすっきりしません。「そこにあるから」というのも弱いし、「遊びではないか」と言われれば、「真剣です。遊びではない」と言うしかないし、結局「何でだろう」と考え込むばかりです。
・陽羅氏の新ヒラリズムによると、何と「文学の役目は〈悪〉を書くことである」と喝破されます。ウム、と唸り、刮目しました。最近、ようやく綺麗事の「嘘さ加減」を見る工夫をするようになりましたが、「そもそも何故書くか」という自分自身の問いとは、答えが多少違っているのかもしれません。ですが、これが答えで あるのかもしれません。(有森)
2015.03.11 ・東日本大震災から4年を迎えたことになります。もう4年というべきか、まだ4年というべきか。私も1度だけでしかありませんが、宮城県多賀城市を訪れ、被災の跡を目の当たりにしてきましたから、思いには一入のものがあります。
・しかし、被災地の方々の思いにいったいどれだけ寄り添っていけているのか、自信はありません。2011年に出した詩集「カオス(混沌)」は、果たしてあれでよかったのか、あんな安直なものでよかったのかと考えさせられます。(有森)
2015.03.09 ・関東文芸同人誌交流会掲示板に、笹原由理の詩の評が細部にわたって具体的に書かれ、紹介されています。この掲示板にはいつも海の作品について評や紹介を載せていただいていますが、笹原の詩を取り上げていただいたのはありがたいことです。
・笹原は、海の詩の旗手とも言うべき書き手です。確か、彼女は中学生の頃から間接リウマチのため寝たきりの状態で、そのハンディ故か、「優しい言葉で、行間に気持を放つ」という明瞭で繊細な作品を得意にしています。
・文字数も少なく、行数も4〜5行あたりと少なく、福岡あたりでは今一つ評価が小さいようですが、2回もNHKのハート展に入選するなど、実績を積んでいます。
・関東文芸同人誌交流会掲示板の評には、このあたりにも目を止めていただき、とても温かいものをキャッチできました。(有森)
2015.03.05
・高岡氏が、小説「恥じらう月」(104枚)で、立川文学賞佳作と立川文学賞市長特別賞を同時に受賞されるそうです。おめでとうございます。
・立川文学賞は【新しい文学の息吹】を感じさせる作品を歓迎する、とあります。内容は、札幌と神戸、厚真を舞台にしたものだそうです。
・高岡氏の活躍ぶりは見事の一言ですね。これをベースに、さらに飛躍されんことを祈ります。(有森)
2015.02.28 ・海掲載作品として書いた小説を、間をかなりあけて読んでみました。思いの外、直しは出てきませんでした。ただ、中身がよく読めていないのかもしれません。
・6月の初めには確定しなければなりませんので、これから何度も読み返すことになります。問題点を整理し、細かく読んで行くことになります。
・最近資料を読むことの方に時間を裂き、書かないでいると不安に見舞われます。ここらも慣れの問題だと思われます。人それぞれでしょうが、書くという行為 を数行でもいいから持つことは、大切だと思われます。頭の中だけでイメージが出来ても、いざ文字に置き換えてみて初めてイメージが定着するということにな ります。
・勿論、一作が一応成ってからでも、自分の書き連ねた文字を確かめるということが必要になります。そういう意味でも、やはり実際に書いて、ある程度のボリュームを持たせないことには作品というものは成り立たないようです。(有森)
2015.02.24 ・どこかに何度か書いているかもしれませんが、「何故世間に恥を晒してまで、モノを書くのですか」という問いには、今もうまく答えられません。実際、そういう聞かれ方を何度もされましたし、奇異な目で見られました…。
・答えは見付からないのですが、少なくとも「目立とう」だとか「自慢したい」などという気は全くありません。第一「自慢するためのものではない」ことですから。
・一番自分の気持ちに添うのは、「自分探し」「人間探求」「真実探求」「生き方探求」「死に方探求」等々をしているというものです。何しろ、分からないこ とだらけですから、少年の頃から「何だろう」と追い掛けてきたことが、たまたま文芸になっているということなのです。(我流ですが)。ですから、楽器など があったら音楽だったかもしれないし、最初美術全集に出逢っていたのだったら、絵を描いているかもしれません。
・ところで、「自分探し」ごときのために、「世間を騒がすな」と近親者からは苦情が降ってきますが、幸い「世間一般を騒がすほどの上等の身ではない」ため、かろうじて小さな煙を燻ぼらせたままでいます。
・文芸は「綺麗事で終わらない」「人間の悪まで書く」「人間の汚いところまで書く」「暗部までも書く」ということが極めて大切ですが、もともとここに「近 親者とのトラブル」の芽があり、根がありますね。そうまでやるのだったら、腰を据え「世間を騒がす」ほどの問題作を書かねば収まりがつかないではないか、 と思考はグルグル回ります。
・心得としては、「他を貶めない」という気持だけは貫いています。(有森)
2015.02.10 ・書きかけたまま、この百年ほどの農村の移り変わりを民俗学 の資料で確かめてみたいと思い、アマゾンに注文しました。これまで殆ど参考文献なしに書いてきたのですが、記憶も朧になり、農村から遠ざかっていることも あり、かなりピントがボケています。これまでTSUTAYAほかの古書店に行くことが多かったのですが、こうしたネットでの検索・購入が出来るということを 知って、かなりお世話になっています。
・最近ではチケットなども、ネットで注文することが多くなりました。便利になったことは喜ばしいですが、古書店でワクワクしながら棚を見上げる楽しみの方も、とっておきたいものだと思います。(有森)
2015.02.06 ・全作家短編集への投稿を終えました。一つの関門を越えましたから、少しだけ安心しました。さて、次なるはということになりますが。どういうふうに走り出せるか、これがたいへん難しいのです。
・しかし、やはり海への作品が1番ですね。
・島永氏から受贈した「碧く輝く村の奥へ」の一作目、「祈りの日」を読ませてもらいました。インドネシアという(珍しい)舞台を背景にした、当地の女性と 日本人駐在員との愛の物語ですが、生活習慣も宗教なども違うなかにあって、愛の成就とまでは行かないのですが、胸に染みる結末が待っていて、感動を呼びます。
・高く評価される作者ならではの、筆力だと思いました。(有森)
2015.01.30 ・海第13号について、「西日本文学展望」、「西日本詩時評」などに作品を紹介いただき、感謝いたしております。こうしてメディアに紹介いただくことで、作者には「問題意識を持っていただいた」「一人作品に向かう作業が徒労ではなかった」という気持ちが湧き、「次の作品に向き合うに当たっての勇気を持つ」ことになるものと考えます。
・北九州市で、自分史文学賞からさらに歩を進めた「第1回林芙美子賞」の受賞者が決まったとの記事が出ています。約1,600の応募があったとのことです。
・今日の西日本新聞の紙面で注目したのは、(文芸誌は置いて)雑誌が売れなくなっているということです。文藝春秋でさえ、この10年で17万部近く減らし28万部となっているといいます。もちろん逆のケースもあるわけで、「世界視点」を持つものが強いといいいます。
・同記事で、「無駄に時間を使っている」「余裕を失った人間社会」「人類は崩壊期を迎えているのか」と続き、「相手に対する優しさというのは、時間をかけなければ生まれてこない。それが、結局は自分の資本になる」と結ばれています。
 わが方では、
・文学街327号の「討ち入り始末」(陽羅氏)を読ませてもらいました。詳細な資料調査に基づき、「歴史小説」と銘打った作 品(忠臣蔵)で、すばらい出来です。
・素人考えで、「仇討ち」をすれば連鎖となり、そのまた仇討ちが発生すれば麻の如く乱れることになるのではなかろう か、という疑問に、作品の最後で答えておられます。仇討ちの連鎖をなくすため、本願成就の暁には、仇討ちをした者全員が「腹を切る」、つまり生きていてはいけないという「武士道」の姿が描かれています。
・現在の世界の乱れが「仇討ちの仇討ち」で、収拾がつかなくなるほどに乱れているのを見るに付け、「なさねばならない仇討ちであるのなら、恨みを残さない方法はあり得ないのだろうか」と思わないではいられません。
・さらにもう一点、「メール便」(ヤマト)の3月末での廃止という方針が出されていますが、たちまち「大きな打撃を受ける」のは私たち同人誌ですね。(有森)
2015.01.26 ・詩の掲載作品を決め、一応手始めの修正・確認をしました。要するに、ようやく準備が出来たということです。
・小説から詩に移ることは、簡単ではありません。結構時間も掛かりますし、詩のことをもっと真剣に学びたいと思います。(有森)
2015.01.23 ・詩、俳句、掌編小説の方に当面のバランスを置きます。
・詩文は、言葉を絞り込まねばならないので、その方向で努力します。
・最近書いた詩作品を探していると、整理の仕方が悪くインデックスを付けたがよいだろうと、まず整理から始めました。
・内容の良し悪しは問わず、1年ほど前までの約5〜6年の間に約350編。どうしてこんなに作れたのだろうというくらい作っています。その勢いで詩集に入れ込んでしまったりしていますので、それらを選り分ける作業です。
・整理が終わると、海の分はまず大丈夫だろうと思っています。
・掌編小説も最初の部分を書いたまま、しばらく泳がせておきます。そうしているうち、目鼻がはっきりし、呼吸が感じられだしたら一気に進めます。
・小説も、今泳がせています。(有森)
2015.01.18 ・ようやく1つの作品を仕上げました。しばらく泳がせておくことにします。
・書くのは難しいです。生きるのも難しいです。信じるのも難しいです。何も分からない。分かっちゃいない。だから、極めて難しいです。
・誰が敵なのか。誰が敵でないのか。そんなこと、分かりはしません。
・例えばテロです。どちらが正しいのか。いや、どちらがまともなのか。
・分からない。分からない。分からない。分からないものをどう生きようとするのか。どの方向に行けばよいか。どう裁き、どう動こうとするのか。
・感動でさえも、仕組まれてしまいます。仕組まれた中で、感動の態度を示さねばなりません。分からないのです。欺かれているのか、本気で厚意を示されているのか。
・だから、書くのは難しいのです。自分の心の中さえ分からないのに、他人の心の中など分かる筈もありません。難しいです。書くのは。生きるのは。
・分からないのです。何が真実なのか。何が美しいのか。ましてや、誰が正しいかなど。雲の中にいるようです。靄の中、霧の中にいるようです。
・今日受贈した「ぶんげい學校」創刊号のあとがきに、「例え輪廻転生があろうとも、この人生は1回である」「あなたが書かないでどうする」「この場で鍛錬しないで、この世のどこに鍛錬の場がある」という、力強いメッセージが述べられています。
・そうです。「鍛錬し、書く」「書くことで発見する」の姿勢ではないでしょうか。(有森)
2015.01.09 ・何だそんなことが契機で書いているのか、と。
・モノを書いている人には、何か「傷」を抱えていることが多いのではないかと思います。そうでないと、何度も出会う「どうして身内の不幸を晒して面白いんですか」という問いには、答えられないでしょう。
・何かを抱えている、何か切実なものを持ちきたった、という者にしか「文芸」など、バカバカしいし、恥さらしな破廉恥行為でしかないでしょう。反面、そういった質問をする人は、「悩みなど抱えたこともない」のでしょう。
・しかし、傷口に塩を擦り込むような文芸というものに関わっている人の全てが「傷」を抱えているとは限りませんから、ことは単純ではありません。(有森)
2015.01.09 ・書くことは、書きながらでしか出来ないようですね。私の場合ですけれど。
・漠然とした靄状のものを掴まえ、ノートに箇条書きをしながらという正統のやり方では、昔から書けないのです。以前(30年以上前)は、大学ノートに最初から最後までという手順で、とにかく鉛筆で一気に書き込んでいたものでした。
・当時は、それが一番の身に合った方法でした。ところが、ワープロが登場します。確か文豪という機種(約30年前。結構高かったのです)を手に入れ、使い 方を覚えると、縦書きの小説作品などはこれに限ると決め、ノートが完全にワープロにとって替わり、文章の移動も、削除も、書き足しも自在に出来ることか ら、ワープロを我が手代わりに用いたものでした。ところが、数年後にパソコンが登場します。
・この初期の、パソコンという代物の使い難いことといったらありませんでした。多様な用途があるものの、ワープロ機能はワープロ専用機に劣っていましたか ら、当時の職場で「文書はワープロの方が絶対に勝っている」と主張したものです。しかし、20年ほど前から、ワープロは姿を消し始めました。一方、不安定 極まりないと思っていたパソコンの機能が一気に向上し、ワープロはおろか、メール、ホームページというものが手軽に使えるようになり、私もワープロ有利の 旗を降ろさざるを得なくなりました。
・五十歳前後になっていましたから、職場でもパソコンについて行けないという職員も多く、このあたりで「パソコン容認派とパソコン否定派」とに別れた気が します。なにしろ末端の職員でしたから、有無も言えずパソコンの何たるかなどは置いて、「使いながら覚える」という日々を過ごすうち、文章もパソコンで書 いているという状態になりました。ホームページの検索機能も発達し、書物を無用のものとしてしまいました。
・約10年前の定年間際には、図書館が図書を購入せず、データでサービスを提供するということで、定期刊行物の購入必要度調べがあったのを覚えています。
・パソコンはそれほど急速に私たちの生活の中に入り込んで来たため、当然その流れに添えない人たちが出てきます。今の私たちはそういう状況の中にいますが、定年で職場を後にして数年、もっと事情は変わっているのかも知れません。
・とにもかくにも、第二期海は当初WEBで発信しようとの考えさえ持っていましたから、パソコンを用いての原稿作成、割付修正というふうに用いていますが、やはりパソコンが使えないという同人もいて、悩ましいところではあります。
・ところが、こういうスピードでパソコンやこういう通信方法が高度化するにつれ、どこでどう情報が使われるのか理解出来ないようになり、先行きの不安とい うものも頭をもたげてきました。情報化の進展というものに、漠とした不安や危険さえ感じるものです。(有森)
2015.01.05 ・海は1月1日の発行ですが、今回の第13号は殊の外申し込みが多く、手元には我が保管分を残すだけ、という有様です。
・メディア、図書館、交流のある同人誌、評論家、海第一期時代からの懇意な方等に現在110部を送り、残り90部を同人向けと予備にしておりますが、これを増減すると同人費増に関係してきますので、なかなか動き辛いところです。
・冊子の作品は、海のホームページの「海第二期の作品(公開)」というところを開いていただければ、見る(同人の個人情報の部分=「同人一覧」を除く)こ とが出来るようにしています。冊子が手に入らない場合など、利用していただければと思います。
・今日早速、「作品へのリンク」の依頼がありましたので、作者に意向を尋ね、返事をしました。聞くところでは、書店でもなかなか冊子が手に入り難いと聞きました。作る側としては、喜ぶべきことだろうと思いますが。(有森)
2015.01.05 ・これまで何を書いてきたのだろう。何も書いてなどいやしない。と、考えるまでもなくそう思うのです。いつもそう思うのです。
・過去のものを、現在のものを、未来のものを、そんなものを書きたいと思って来ました。しかし、どこにもまだ焦点を絞るに至っておりません。
・手を拱いているのでもなく、考えたり調べたりはするのですが、コレダというまでには至っていません。至るのかどうかもわかりませんが。
・書こう。一作でよいから納得のいくものを書こう。という、焦りに日々苛まれています。現在まがりなりにも書いているものは、それらの何なのか。どこに位 置するものか。という原っぱを行くがごとき焦りがあります。一作でよいから、一作を書きたいから、駄作を日々並べているというのが実情です。袋小路に入っ ているのでしょう。
・東西南北、過去現在未来、上下左右。道筋が幾百、幾千、幾兆と引かれます。
・その旅をしています。距離や方向だけではなく、時間を過去から未来にかけて走り抜けようとしています。その過程で、現在を表現します。
・容易な道ではありません。一作を書かせてもらえるのかどうかは、無のサムシングからビッグバンが起きるという事象にも似ています。
・答えは、巡り巡って、「今」にあるのではないか、という「仮説」がないではないのですが。幾百、幾千、幾兆の道筋を辿った後での「今」なのだと思うのです。(有森)
2015.01.01 ・本当に腰を入れて、書かねばなりません。初心に戻らねばなりません。
・全国の同人誌の空気は、老いの慰めにということでやっておられる方が多いということで、一方で全てを傾けてやっておられる方も何%かはおられるでしょう。
・海は「年齢制限なし、生涯現役で」ということと、「表現し、年に2回世に問う」ということにしていますから、書いて、恥をかいて覚えていく、というものです。
・やはり一番大切なことは、実際に活字になり、出版されるということですから、これが一番の教師になり、方向舵になるものだと、自らの体験からそう思います。
・書いたことで口惜しい思いをするということが、自身をその道に向かわせるのか、リングを降りるのかの見極めをつけるに最も適切な方法だと信じています。 教室などで、どれだけ推敲を重ね、時を待っても、まずリングに上がるという道が閉ざされていれば、花も実も実りませんから。例え、どんなにつらいラウンド であれ、身体でパンチを実際に受け覚えるということは、全てにまさる荒行だと思います。
・海というところは、荒れ狂うのが常ですから。いつまでも凪を待って、ということであるなら浅瀬にも、大海にも漕ぎ出せないでしょう。
・何年経とうと、ゴールなどありはしません。次の道、次の角、が行けども行けども待ち構えていることでしょう。(有森)
2014.12.29 ・はてさて、海の福岡在住者だけの「何でも会」です。半数が福岡県外の方ですから、ちょっと心苦しいのですが、3人程度でも意見交換をと思い立ちました。
・うまくいきますやら。冊子をたくさん抱えて出向きます。
・この間も、感想などいただいています。そう、HPのアップもしなければなりません。うーん、オフになったかと思うとそうもいきません。(有森)
2014.12.26 ・花書院の仕事が素晴らしい、という御意見をいただきました。作品の内容についてもさることながら、最も嬉しい意見でした。
・お陰様で、感想を次々にいただいております。温かい 意見、厳しい意見などいろいろですが、前を向くためには厳しい意見にこそ耳を傾けねばならないと思います。
・自身の中で完結し、満足してしまっては、止まってしまうことになりかねません。
・しかし、必要なときには、いった立ち止まって考え、やはり出来るだけ前へ、そして高く飛びたいものです。
・さて、海の福岡在住者だけでもと思い、「雑談何でも会」を呼び掛けてみました。花書院の仲西社長ともかねてからやりましょうと言い、延び延びになっていました。年に1度か2度くらいでも集まりをしないと、どこかが乾いてしまいそうですから。
・なにせ、かつての海のこの時期は、大嵐でしたから、往事を知る者には隔世の感があります。意見を交換し、ぶつけあう場は、やはり失ってはいけないと思います。
・私的には、「全作家」や「小説と詩と評論」や「文学街」にたいへんお世話になりました。得られた経験は、鈍い私の中でも大切な滋養となっています。感謝です。(有森)
2014.12.23 ・請求書が届いたので、急遽払い込みに走り、その流れで会計報告書を作成しました。一番難渋するのは、貯金通帳のコピーです。小さな印刷機のコピー機能で四苦八苦しながら、なんとかなし終えたのですが、色が薄いのです。
・収入の部、支出の部の内訳を書き、通帳のコピーを切り貼りし、印刷所からの請求額内訳を貼り付けます。この間、約半日です。
・郵送の分、メールでの通知分というふうに分け、昨日中にケリを付けました。これが上手くいけば、海第13号がようやく終わります。
・この疲労のピークのとき、関東文芸同人誌案内掲示板に海第13号の記事が出され、芯から嬉しく思いました。こういう一事で疲れが吹き飛んでしまうとは、同人誌というものがいよいよ奇妙な魔力を持つものだな、と思えたことでした。(有森)
2014.12.16 ・ユーチューブを聞いていて、例えばオフコースだとすると、同じところのソロを聞き比べたら、小田和正の声はとびきりの艶があるというか、違うのです。他のメンバーの歌も上手いのですが、小田和正のところにくると歌が光ります。
・芸術というものは、こういうものなのだな、と感じました。理屈ではないのです。パッと光が射すというか、息が吹き込まれるというか、これなのですね。
・優れた芸術は、万人の中からでも知れるのでしょう。
・作家も同じ理屈になりましょう。同じことを、同じ語り口で書いても、光るものは光るのでしょう。ここなんでしょう。才能というものの所在は。
・命を吹き込まれた何かがあるか、命を吹き込むものがあるか、でしょうね。(有森)
2014.12.12 ・海第13号の発送を18日と想定し、連絡しました。
・それに合わせて送付先確認、宛名ラベル作り、その他一式の準備です。今回は3冊だと2センチを越えるので、2冊を上限にします。
・その他、25冊と11冊です。
・この間、花村萬月の「父の文章教室」を読みました。5歳ほどまでの間に、親や環境からどういうものを与えられたか、どう心に、身体に刻み込んだかが、や はり大切ですね。命令であろうと、脅迫であろうと。ネグレクトだけは、いけません。
・愛情です。優しいとか優しくないとか、そういうことではありません。存在が認められたか、求められたか。その一点に掛かることかも知れません。(有森)
2014.12.09 ・印刷所での、海第13号の校正を昨日終えました。
・何度経験しても、「ベストだった」ということはありません。判断に迷うことが多いものです。「最低ラインをどのあたりに置くか」ということですが、いつも新しい問題に直面します。難しいものです。
・一方で、出来るだけ早くこの1サイクルを終えたいという気持が働きます。というのは、サイクルが終わらなければ、どうしてもそちらの方が気になり、他のことに本気で取り掛かれないからです。送付して、会計報告をするまでは。(有森)
2014.12.03 ・笹原の詩「夢想」が、第20回NHKハート展に入選し たという知らせです。母上からの電話では「まだ正式通知も届いていませんが」ということでしたが、海第13号には「入選という事項」を掲載し、NHK による作品とのコラボが2月以降に行われるということなので、それらのニュースを前回(海第6号)のような形で載せられたらと思います。何にせよ、こう やって誰かの作品が社会的に評価がなされると、編集作業人も嬉しくなるものです。
・確かに、海は詩や評論をメインに行うということで始められたと聞きます。当初は、重厚、軽妙、洒脱な作品を書く同人が多くいて、恐らく九州の詩の半ばを牽引し ていたのではなかったかと思うものです。彼らが彼岸に渡ってしまい、現在残された11人で第二期を繋いでいますが、詩には笹原、井本という二人がいて、支えるという形です。
・小説も高岡、牧草というあたりがかなりのレベルの作品を書いており、全国的にも反響を呼ぶという域にあります。ただ、評論は人材不足で、かつての論客たちの勢いを思うに、何とかしなければというところです。(有森)
2014.11.29 ・海第13号の作品は、かなりの充実度があろうと感じられます。
・同人諸氏のさらなる飛躍の作品を、今後も期待します。(有森)
2014.11.24 ・私個人の思いですが、私小説風の作品から脱したくなりました。何が出来るというものでもないでしょうが、1度その桎梏を離れ、考えてみたいと思います。
・妄想の類いかも知れませんが、「白い道」「白い音」「タイムスクリーン」「赤い陽」という作風に近いものを、というイメージが1つはあります。(有森)
2014.11.22 ・海第13号の原稿締め切りを終え、全体を見廻すと188頁を数えました。第10号の190頁に次ぐ厚さです。小説の100頁越えが大きいですね。
・皆さん技術的にはかなりのものですが、後は「しなやかな描写」「あっと目を引かせる内容・書き方」「心理描写の連なり」というあたりで、どうかということでしょう。
・要は「好き好きの問題であり、読み手の琴線に触れられるかどうか」というところが課題でしょう。年齢とともに、観念や感性も鈍くはなるのでしょうが、作品を書き続けるということに、まず意味があろうと思われます。
・またまた、地震発生です。長野が震源で、かなり大きいようです。被害がひどくないといいですね。今、速報中です。(有森)
2014.11.13 ・海の編集作業のついでに、ホームページの整理をしました。
・とりわけ、海の同人の住居地が北海道、奈良、兵庫、熊本、福岡等と散らばっているため、合評会や懇談会を開催することを断念しています。
・それに替わるものとし て、「連絡掲示板」を設け、連絡、重要事項の掲示、資料、意見交換等に用いたいと、整理をしてみました。特に、「作品の向上のために」ということで、多く の資料を集め、公開された作品の閲覧資料等をまとめています。
・その過程で、海第二期を始める際、WEBでも作品を公開しようということを言い、そのまま全作品を公開しているのですが、他誌の状況をみるに付け、「ホーム ページもブログもない」「うち、作品の公開をしているのは極くまれである」「著作権の問題等もあるのかもしれない」等と考え出したら、段々腰が引けてきま した。
・そのことを委員に相談したら、「今のままでいいのではないか」という積極的な意見をいただきましたので、少し胸を撫で下ろしているところです。
・このこととは別に、同人には「連絡掲示板」の活用をお願いしたいところです。(有森)
2014.11.12 ・夜更かしはいけません。海のファイルをもう少し堅牢なものにしようと、あれこれやっているうちに、気が付いたら3時になっていました。
・それから何とか眠りはしたのですが、日中がずっといけません。ダルくて、眠くて、とても正常に他のことがやっておれません。
・あの2時間分を翌日に回しておけば、何のことはなかったのでしょう。やはり、暴走はいけませんね。
・海の原稿を予測するに、150頁をオーバーしそうな気配です。そうなれば、私の分を減らすということで、あまり嵩張らないものにしたいと思います。(有森)
2014.11.08 ・同人誌を出すということは、簡単なことではないようです。
・まほろば賞優秀作品を読み、こういうレベルの作品を発信出来たら、と思うことはやはりこういったことになります。
・もっとも、続けて行くということがまず最初に来ますが。
・理論や情熱で仲間を鼓舞してくれる人がいないものかと、こちらの方も期待しています。私にそれらの力の持ち合わせがあれば、多少は息がつけるのですが。
・海の発行を引き受ける段階でも、そのことが一番気になっていたことです。現有の同人の中にも、相応しい人材はいる筈ですが。なにしろ、会員が全国に散らばり過ぎ、体温の感じられる距離での触れ合いが出来ないのが問題です。
・今は海の原稿のことに明け暮れています。始めると、なかなか止まりません。
・止まらないことの方がNORMALと言えましょう。実際、見直せば見直しただけ多くの修正事項が見付かるものです。これを推敲と言い、重ねれば重ねるほど作品は締まり、輝きを放ち始めます。
・なれど、冊子にするにはどこかで目処を付ける必要に迫られます。そうしないと、一歩も外に出て行かないことになってしまいます。
・ぎりぎりまで推敲をしていただき、いったんは雄々しく立ち止まり、同人の冊子として発行し、まだ推敲が必要であれば、発表後にも続けていただき、後日自著などとしてまとめて発表する際、胸のつかえのほどを存分に流していただきたいと思います。
・「文藝軌道の会」「詩霊の会」から、寄贈をいただきました。
・「文藝軌道の会」の中で、詩的なものと散文的なものに分けられたということです。同人誌としては、とてもすっきりした内容になったな、と感心いたしました。(有森)
2014.11.05 ・過去のまほろば賞候補作を、4年分ほど読んでいます。同人誌掲載の作品で、これほどの内容のものがあったのかと驚き、同時に安堵します。
・同人誌作品がマイナーなものと言われて定着していますが、どうして、これほどの中身の作品が生み出されているということに、力づけられます。
・確かに、もっと書き込んだら、さらにアップするだろうという作品なのかもしれませんが、この中身ですと私たちの道を照らしてくれるに十分です。
・いわゆる作家の作品には勿論教えられるところが多いのですが、身近なところでこれだけの優れた作品が生まれているということに、勇気を与えられます。(有森)
2014.10.31 ・提出された作品を読んでいます。登場人物の呼称の確認や、てにをはなどの確認が必要になります。気付いた点を書き出し、作者に確認してもらいます。
・かなりの作業量になります。校正という作業は、手強いものです。
・文章というものの手強さが、やっと分かりかけてきた感じです。特に散文は、幅広い表現の方法があるので、難しさを実感するようになりました。(有森)
2014.10.16 ・海の作品の自作分の大枠を決めました。何度も推敲しますが、その度に中身が少しずつ変わります。
・これからは、同人の原稿が寄せられますので、割付を行い、確認・修正の作業を依頼することになります。(有森)
2014.10.05
・私の海への原稿の準備は、一応終えました。
・全作家掌編も仕上げねばなりません。
・寄贈いただいた本1冊を読み上げました。明治維新とは、通常の歴史でやっていることを越えた、大きな意図や思惑がはたらき、変革が行われたのですね。
・なにしろ、クーデターであり、戦争であるのですから。(有森)
2014.10.03 ・海に関する評が続いて寄せられたので、HPに掲載、関係者にメール送付、HPの連絡掲示板に記録として掲載しました。
・評は厳しかったり、意図と異なったりですが、取り上げてもらえるのは「よい」とした方がよろしいでしょう。取り上げる方も、相当の努力をされているそう ですから、書く側も批評の大意を汲み取り、次回に生かすということになりましょう。
・海の編集に、少しずつかかります。まず、我が作品の推敲です。何度見ても、終わりのない作業です。まあ、入れ込み過ぎない程度にやることにします。
・同人の作品も寄せられつつあります。そろそろ本格的に始めねばならないようです。もう少し我が時間がほしいと思いつつ、寄せられた作品には感謝しなければなりません。第13号も、それなりの冊子にできたら、と願うものです。(有森)
2014.10.01 ・他の方々の作品に触れるということは、自分のためになります。
・自分を限定してしまわないこと、常にオープンにしておくこと、を心掛けたいと思うものです。多くの声(自然からの声も含めて)を聞くことが出来るよう努めたいと思います。この歳で、などと思うこともありますが、それはそれです。
・頑なにならないこと、自由無碍であることの方を向きたいと思います。(有森)
2014.09.29 ・全作家短編集(二)の合評から、言外の指摘を感じました。
・やはり、何を感じ、どういう距離にあり、自らの位置はどこにどうあるべきかということ。それに、どう伝えようとし、どう伝わるかということです。
・自己省察、距離のとらえ方、それを第三者にどう運ぶかということでしょうか。
・技術ばかりに追われるのですが、技術も大切です。特に「タイトル、書き出し、終わり」という流れが問題です。それがどう問題であるのか、考えたいと思います。

・というところで、
全作家文芸時評横尾氏の言葉から、以下を引用します
・新しいとは奇ををてらうことではない。
・静かに、情熱をもって文学の鉱脈を探しに行かねばならない。
なぜなら、
私とは誰か、世界とは何か、他者との関係は(中略)の問いの根本はなにも変わっていないからだ。
・技術論ばかりが目立つ昨今だが、
文学に対する感覚が研ぎ澄まされていれば、新しい文学の鉱脈に存在する原石を見つけることができると思うのだ。(有森)
2014.09.25 ・わが原稿のうち、2号の間掲載を見送っていた文芸漫遊記も 再開できるように、(2号前から書いたものを)チェックしてみました。詩と俳句は、これから有森ではなく、松本西夏筆としてみようかと考えています。ただでさえあちこちに「有森」が目立って、どうにも見苦しいものですから。
・海の体裁をかなり整え、自分の作品にも目を通し始めています。同人諸氏の原稿受付が10月21日からですので、自分の原稿はそれまでに粗方見当をつけておかねばなりません。ざっと数えると、40ページほどになります。
・その他共通部分の分もあります。例えば、前号の感想まとめ、同人の著作紹介、もちろん受贈誌抜き出し、海についての諸々、次号の案内等々です。
・作業に入ると、当分の間集中しなければなりませんので、他のことが出来難くなります。まあ、自分が口火をきり、引き受けたことですから望むところです。(有森)
2014.09.21 ・葛西善蔵に嘉村磯多を比べながら読んでいます。嘉村磯多の方が、自分には近いのかもしれません。しかし、年表を眺めてみると、「本当の私小説」なんだ、と驚きました。同時に、こうも赤裸々に書けるものか、という驚きです。
・ここまで徹底すべきなのでしょうが、「うーん」と唸ったきり、これは考えねばならないな、と思い至った次第です。
・こんなことを書いていたら、毎日新聞の同人誌季評で、「白い翳」の母子関係に、「嘉村磯多の事績が重なる」との評をいただき、改めて嘉村磯多の作品を読み返したい思いを強くしました。(有森)
2014.09.19 ・珍しく大掃除をしました。掃除ついでに、読みたい本などを並べています。葛西善蔵や、以前読んだ本もまた読みたくなり、つい夢中になってはまったりします。
・掌編の中途ですが、短編の方も準備し置く必要があります。海の原稿提出に合わせ、準備もしなければなりません。
・塩谷信男氏の「自在力」外数冊を求めました。
・庭の草むしりや大根の間引きをしたら、腰を傷めてしまい、ギックリ腰状態です。何とも情けない格好をしています。(有森)
2014.09.16 ・立花氏のことをどうこう言う資格は、私には全くありません。
・しかし、科学的事象を追求し、どこまでも行くと目の前に立ちふさがる壁の存在に気付くということになるのだそうです。
・ということから、科学者でも「時間空間の存在、人間としての存在、仕組み、あり方」などという不可思議なものの仕組みに触れざるを得ないとされる「自在力」の塩谷信男氏、「サムシンググレート」の村上和雄氏の説の方に惹かれるのですが、ここから先は議論をするのも野暮でしょう。(有森)
2014.09.16 ・最新の文藝春秋(2014.10)で、立花隆氏が、「死後の世界」と題したエッセイを書いています。自身のがん闘病での「臨死体験」を、くだんのNHKスペシャルなる番組で、科学的に探るという内容ですが、科学で(しかも、レンズを通し客観的に)死を語るという前提に、分からないではないのですが、どうにも頷けません。
・科学>死という形ですから。最初から真実は科学にあり、という方向ですね。
・自然界、宙、空、原、海中などに不断にある出来事を、試験管の中に閉じ込めてみるという実験的手法に、意固地というか無理を覚えます。
・一方、矢作直樹氏の説を、ペテン師的「オカルト」と表現し、「東大の恥」とまで切り捨てます。死に臨み、東大も何もないものでしょうが、この期に及んで、脳だとか東大だとかという範疇から越えられない氏の発想に、悲しみを覚えるものです。
・矢作氏の著作を「売らんがため」といった話にすり替えていますが、立花氏自身のメディアや出版界すり寄りという手段も、「知られんがため」という手段と言ってもよく、矢作氏のことをどうこう言う筋合いではないのではないか、と思うのです。
・確かに、科学と宗教を同列で混同してはいけませんし、出来ない相談ですが、死を科学で解き明かすという発想は、蟻の穴から天空を見るが如しではないでしょうか。氏をとても尊敬しているだけに、このあたりの科学万能主義、学歴第一主義から脱却出来ないということにもどかしさを覚えます。(有森)
2014.09.16 ・趣向をたまに替え、さだまさしの本を読みました。遅読の私も、さすがにスピーディに読めました。それが面白いし、いい本なのです。
・小難しい小説より、よほど感じるものがあります。彼の芸術感覚は、言葉にも十分表れていて、本人も歌も文章も好きだといっているとおり、しっかりした内 容です。なにより、生まれた以上は死ぬことに決まっているのだから、恐れずに何にでも立ち向かっていこうという姿勢がすばらしいですね。実際彼の行動力と 他を思いやる気持は本物で、本物を見抜く目をちゃんと持っているのです。
・30億円近い負債を抱えたときも、誰もが彼の元を去らなかったということですから、彼の人間力に惹かれてのことでしょう。彼は、例え音楽をやらなかったとしても、文芸でも、絵でも、噺でも、何ででも花を開かせていたことでしょう。(有森)
2014.09.16 海の連絡事項を先にしました。なかなか意見が出てきません
・少々期間があることだし、待つことにしましょう。意見が出ないということは、賛否がわからないので、やりにくいことであります。
海の運営についてのまとめ、なるものを整理し連絡掲示板に載せました
連絡掲示板を、是非御活用ください
・合評会をもつこともなく、ものごとを進めていく上では、意見を出してもらったり、一つの事項について意見の集約をせねばなりません。
・そういう意味で、文章化していないものをまとめてみるのは悪いことではない、と思った次第でした。私自身、何かがある度に迷うことになりますので、自分のノートを整理するつもりでまとめてみました。(有森)
2014.08.27 ・入会の希望か? と思われる郵便が届きました。作品もきちんと添えられています。用件が短めに書いてあるので、確認のメールを送り、既刊の冊子を送りました。
・海のような誌は、なかなか人が増えません。どうしても大きな誌に奪われますし、もともと文芸をやる人が増加したという話も聞きません。
・しかし、海の個々のレベルはかなりのものだと思われます。第一期時代の伝統というものも、良い方向に影響しているのでしょう。(有森)
2014.08.16 ・かつての子供時代、読書を禁じられたことがありましたが、自立して以降もわが生活に読書ということは根付いてきませんでした。それはわが責任であるのですが、最近は本こそ手に入れられるようになりましたが、なかなか読むスピードが上がらないし、読んでも頭に入ってこない歳になっているようです。
・それでも、傍に置いた本が読みたくて、何か方法はないものかと、他の方に読書の方法を尋ねたりしましたが、あまりレベルに差があり過ぎるゆえか、それも身に付きません。そこで以前から気になっていた速読法を試してみることにしました。これがどうなりゆくか、皆目分からない今ですが、「読書法」ではなく、フランシスコ・ベーコンの言葉として、「本は信じて丸呑みするために読むな。話題や論題を見つけるためにも読むな。しかし、熟考し熟慮するために読むがよい」という文言が飛び込んできました。
・そうなのだ、と腑に落ちました。感じ、考え、創り出すためには、読書は是非にも必要なのだ、というなんともシンプルなことなのですが。(有森)
2014.08.02 ・先日、鳳仙花読了しました。岬、枯木灘と読んできて、母を主人公にした鳳仙花が最も感動的場面が多かったです。母は賢く、強しということです。
・何で中上健次を毛嫌いしていたのだろう、と考えました。文學界にいつも登場していたときの、あの横柄なもの言い(?)にだったのでしょうか。しかし、作品によると、実に正直で正義感に溢れています。ちょっと粗暴な内容ですが。
・この3つの作品は、時間を置いてまた読んでみたい作品です。
・「群系」を受贈したので、文学に疎い私は、真剣に読んでみたいと思います。この数日、文芸思潮、季刊午前などを受贈し、読むべきものが一挙に増えました。(有森)
2014.07.23 ・メール送受信に終わりました。主として全作家の方々です。
・メールは良くも悪くも、そのときの情感を伝えるものですから、注意が必要ですね。見えない相手だけに、知らぬ間に自慢になっていたり、相手を傷付けていたりすることがあり得ますので、よくよく心してかからねばなりません。(有森)
2014.07.16 ・1作をじっくり書くことも念頭に置き、一方で出来るだけ多く書くことで感触を得たいと思うものです。他方で、出来るだけ多く読むということを課します。
・読み、考え、書き、という輪を作っていく必要があろうかと思われます。いつまでも勝手流ばかり続けるのも汚点を重ねるばかりですし、知識ばかり積み重ねて動きがとれなくなるというのも考えものです。(有森)
2014.07.08 ・最近、「同人誌は、同人が経費を負担して作るものだから、同人のために十分な冊数を回せるよう便宜を図ってほしい」という意見が、海の一部に出ています。これらは、郷土起こし系、地方史系、学術系などの基盤の確かなところなどが行う方法なのでしょう。
・海は限られた経費で、限られた冊数を作成し、「図書館、メディア、出版社、他の同人誌、文芸評論家諸氏等」に広く謹呈を行ってきました。
・こうなると、上記の2つはうまく折り合わない状況になります。
・海は「創作」を主とするものですから、強固な基盤もなく、広告などもなく、つまり強固とは相反する「自由」を旨とする誌ですから、「同人に便宜 を」というニーズに応える力を殆ど持たず、「創作発表したものを広範囲に届ける」という役割を主たるものとして、伝統的に担ってきました。これまでに築いてきた海の体質からは、今後も後者の進路を取ることに変わりはないのだろうと、考えるものです。(有森)
2014.07.04 ・久しぶりに読むこと、に時間を用いました。読むべき本が幾冊もあるのですが、なかなか進まないのは読むスピードが上がらないからでしょう。
・それでも、遅々として進まないままページを繰ります。理解の方も鈍いのでしょうし、能率の悪いことこの上もないのですが、やはりこれが血肉になるのですから、続けていかねばなりません。努力あるのみです。(有森)
2014.07.01 ・第12号に対する感想をいただいていますが、30枚であれ、50枚であれ、60枚であれ、100枚であれ、真剣に書かねばならないのだ、と改めて考え至りました。
・やはり、不断の努力なしには成らない、というのが本当でしょう。
・世に出ておられる方には、人並み優れた才能を持ち、弛まぬ訓練をし、しっかりとした目標を掲げ、(世界で)NO1の工夫や努力を重ねるということは、当然のことなのでしょう。その過程での出会いを大切にするということも、加えて必要です。
・芸術作品を作るには、弛まず、いかに魂を込めるか、いかに「それと一体になれるか」ということに尽きるのではないでしょうか。
・とにかく、一生を賭ける、というほどの覚悟を持つことでしょう。(有森)
2014.06.28 ・横尾氏からの特別寄稿「妄想と文学〜『海』に寄せて」の内容が、奥が深くて素晴らしいということで、文学街のHP担当の川合氏から文学街のHPに転載したいとの問い合わせがあり、横尾氏の了解も得られたので、転載してもらいました。
・海のHP発信の方は地味なやり方ながら、これまでも数人の作品に声が掛かり、転載していただいたものです。海のHPも多少は役にたっているのかな、と 思った次第です。後は、みんなの書き込み用にと立ち上げた「連絡掲示板」への利用がなされれば、嬉しい限りであるのですが。

・横尾氏の同作品については、関東文芸同人誌交流会掲示板(6月23日)に、評(感想)が掲載されています。(有森)
2014.06.22 ・海作品についての、いくつかの感想が届いています。誠に厳しい内容のものもありますし、おおいに励ましをいただく内容のものなど、たいへん振幅に富んでいます。
・これらをみんなに伝えるのは難しいので、ある程度まとまった段階で、その要約版(感想を寄せていただいた方の名を出さず)をホームページに掲載し、参考にさせていた だきたいものだと思います。以前のように合評会が持てたときなら、口頭でさらりと報告するだけで済むのですが、どれをどう選択するか、難しいものです。
・しかし、褒め称え合うことばかりが筋ではありません。手厳しい意見の中に、本当に傾聴すべき内容が含まれているという気 がしないではありません。
・また、海の内部からの意見がなかなか出てこないのですが、中には相談を要する件もあります。「連絡掲示板」を用い、意見を出していただきたいと思っています。(有森)
2014.06.22 ・H氏から「1作者の複数作品掲載は、書き捨て御免かも?」「一考の余地がありはしないか」という意見をいただきました。
・この指摘は、海にとって、本来実に「大切」なものです。
・受け手側の立場で考えると、誠にもっともなことであるのです。この誌は信頼に足るものかどうか、という考えも生まれましょうし、そこらの雑駁誌に過ぎないものだということで、以降全く開いてもらえないということになりかねません。
・表現し、発表するという趣旨は、もっと「真剣なものでなければならない」のです。これを、応募作の審査と考えてみると分かりやすいと思われます。その人 の両方が良い作品であっても、2作応募ということでマイナスに働くというそうですし、仮にその1作に欠点があれば、より低い扱いになるのだそうです。(H氏からの意見を得て:有森)
2014.06.17 ・海第12号(通巻第79号)を2014.7.1付けで発行し、送付しました。
・他の各誌が立派な先人を目標にされているのに比べ、海は特定の先人を明記しておりません。これが、文学性が薄い? と見られがちなところのようです。
・まして、海には特定のリーダーを置いておりません。個々は対等の関係であり、個々が信奉する先人をそれぞれに持つための、積極的な意味付けでもあります。
・発表の場としての海。これが海第二期です。
・第12号がどう漂流し行くのか、流れに委ねるのみです。(有森)
2014.06.14 ・海の編集の関係です。校正の際、「分かりやすい 字体にしたい」と印刷所に相談したら、フォントを考える必要があるとのことです。これまで、MS明朝体でやってきましたが、DHP平成明朝体W3か、DF 平成明朝体W3かがよさそうだということで、3つのフォントを比較し、考えています。
・現在のMS明朝体と新たなDF平成明朝体W3との2案でサンプルを作り、委員と小説執筆の関係者に照会しました。
・関係者の意見を聞き、海のフォントは「MS明朝体」から変更。「DF平成明朝体W3」をメインとすることにし、メールで関係者に連絡しました。(有森)
2014.06.09 ・印刷所での最終校正を終えました。最終チェックというのは気を遣うもので、全体のスタイルから、細かい表現、誤字等まで調べます。
・とはいえ、改めて全部を読んで行う訳ではないので、後は機械まかせということに落ち着きます。何度読み返しても、完璧ということにはなりません。これ以上は人の域を越えたことになります。要は作品の中身がどうかです。
・スタイルや誤字、誤記にばかり気を取られすぎていると、作品本体がおざなりになります。特に、書く・読むの作業にはマイナスにはならないまでも、プラスにはなりそうもありません。肝心な点は、良い作品を書くこと、これに尽きます。(有森)
2014.06.02 ・海の最終見直しを行い、花書院に持参しました。今回は、3度は読みました。
・作者それぞれが、かなりの意欲をもって書いてくれたのだと納得しました。これまでもそれなりに納得した上で発行してきたものですが、水準を保っていると思います。
・読んだ後、印象に残る作品が数点あります。やはり、これが大切だと思うものです。今回、文芸というものの厳しさということを強く考えさせられました。芸術作品であるからには、書けているだけでは済まされない。水準作では済まされない。やはり、優れた作品でなければならない、というものです。
・芸術作品にまで高めるには、どうあるべきか。これは、今後の課題です。(有森)
2014.05.29 ・海の2名の編集担当の方から、昨日確認・校正の資料とデータが寄せられました。私もこれを受け、寄せられてきた資料等とわが保管するデータを読み合わせながら、最後の確認・校正作業を行っております。丸2日以上はかかるでしょうか。
・ともかく、ここまで漕ぎ着けることがなかなかたいへんで、ですがこういう状況に至ったことを喜びたいと思っています。
・西暦年と和年の不一致、特に数字に関する表記の不一致、どうかしたら登場人物の名前が入れ替わっていたり、異なる意味の漢字を使用していたりで、「誤 字、誤記、脱字、妙なスペースの見落とし」等のチェックというのは、なかなかの難問で、何度やってもこれは厳しい作業です。どんなに丁寧に「説明書」の類を作っても、同じことがまた繰り返されます。かく言うわが作品も、指摘されて初めて間違いに気付くという具合で、みんな似たようなことをやらかします。
・予想がつかない、というのが正確なところで、日本語というものは誠に難しいものだな、と思わされます。何度も読み返し、時間をおいてまた読み返し、という訓練を日頃から重ね、原稿を書くということを心掛けたいものです。(有森)
2014.05.24 ・海第12号の原稿が揃ったので、一応完全原稿の形にして、私の外に目を通してもらうことになっている2人に送り込みました。1人はペーパーにして、1人はデータのままで。総計142頁となりました。
・さて、この間は自分の作品を書いたり、積み上げた本を読んだりしたいのですが、どうなりますやら。今後の最後の修正、印刷所持ち込み、校正、発送ということを考えると、やはり海の方が気になってしまいますね。
・海の編集は、これからの約10日間が、もっとも煩雑を極めるところです。本来は、作品の中身に集中すべきなのですが、まず冊子にしなければなりません。形をしっかり整えねばならないのです。
・中身については、一定のレベルにはあると思います。一定のレベルであることは大切なことですが、芸術では一定のレベルを越えていく才能が必要です。
・この才能の出現まで、待つということになります。才能は、現在の構成員も持ち合わせていますし、ひょんなところから出会いが生まれるかもしれません。
・未来の才能の出現を目指し、今足場を組んでいるところです。(有森)
2014.05.21 ・海第12号の内容が見えてきました。かなり上質です。
・小説:筆力が高まってきた感じです。3人でしかありませんが、それぞれが違う方向で、なかなかの出来ではないでしょうか。エッセイ:特別寄稿というもの もいただきましたが、3人の作者がしっかりと書き込んでいます。詩:短詩がよいと思います。詩と画:諧謔の調子が心地よいです。評論:文章には破綻がありません。翻訳:いつもながらの力作です。
・という状況です。140頁は越えますが、我が作品1作を載せないことにして、150頁には乗らないようとどめようかと考えます。
・あまり薄いのも悩むことになりますが、厚過ぎると送料のことを心配せねばなりません。要は内容の問題なのですが、偶数頁の原稿の場合、奇数頁の原稿の場合で掲載順を入れ替えねばならないことなど、これからの作業になります。(有森)
2014.05.15 ・文学街(東京都)の主催者・森啓夫氏は、「読、自、安」という目標を掲げられ、600人を越える同人を牽引されています。
・これだけ多くの人が集うのは、森氏の「人を惹き付けてやまないお人柄」「卓越した発想と情熱」の故、なのだと思います。。
・わが海も、せめて「発、自、安」という目標だけでも掲げてみたいと思います。
・これは、「自由に、(表現し)発表する、安価で」の意を込めたものです。
・意欲ある新人よ来たれ、と願うものです。(有森)
2014.05.08 ・郵送での海の原稿がほぼ揃い、全て割付を行い、確認依頼をしています。
・メールでの分はまだかなり寄せられる予定で、やはり150頁のラインでしょう。
・このしばらくの間は、読むことの醍醐味を確認したものです。やはり、読むことなくして、書くことの内容は良くなりません。読む、感じる、感動する、調べる、知る、疑う、考える、書くという手順は抜かしてはいけないことのようです。
・何の蓄えもなく書く、というのはお粗末です。しかし、理屈にばかり走ったり、感情の赴くままに書くというのもお粗末です。
・魂を揺すぶられる作品に出会い、ものごとに出会い、いつか誰かの魂に届けられる作品を書きたい、と思ったことです。(有森)
2014.04.28 ・わが作品のはかばかしい進捗は見られないままですが、海の編集作業に掛かることになります。これから、約2か月がその期間です。
・ままよ、と現在のわが海掲載予定の作品を見直したりしています。
・良い作品よ、新規入会者よ来たれ、という思いにだんだん変わってくるから不思議なものです。やはり、編集作業に夢中になっているときなどに、創作の波動に包まれるのかもしれません。手応えのある冊子を目指し、2か月を乗り切りたいと思います。(有森)
2014.04.14 ・6日後から原稿受付に入りますから、わが作品の準備や整理にあらかた目処を付けておかねばなりません。
・芸術や趣味は「遊び」だという目で見られ、排斥されてきた私ですが、何事にも適当な遊びや遊び心がないと、肝心の仕事も上手くいかないのです。そのことは、子供の頃からの疑問としてありました。
・遊びこそが喜びにも結び付き、次の仕事への意欲をかき立て、さらなる喜びへと向かうエネルギー源になるということを知る必要がありましょう。(有森)
2014.04.09 ・今日午後に行われたSTAP細胞に関する小保方氏(理化学研究所)の記者会見を見て、書くということにこれほどの責任が伴うものか、と驚きました。
・科学には科学の倫理があって、「悪意」ではなくとも、「故意またはミス」により内容を違えたりした場合も、「不正」だとして、許されないのだということを思いました。
・通常の法は、この中には入り行けないのか、という疑問を拭い去ることは出来ませんが、「誤った記述=NO」であるのだ、ということには文芸の場合も同じだとは思います。
・しかし、今回の場合は1人に対する「死刑宣告」でもあるのですから、再審の場ぐらいあってもよいのではないだろうか、と思うのです。(また、先に組織としての特許申請がなされているという経緯についても、考慮の余地があるのではないかと・・)
・調査委員会の権限として、「死刑宣告」まで行えるものであるのか、すごく疑問が残るところとなりました。それに、科学界の権威ある方々が、「未熟な若手」を嘲笑するという仕組みが垣間見え、それを言う前に、有無を言わせないほどの「完璧な倫理」であるのだろうかと、一呼吸置いて考えられないものであるのかと、思いました。(有森)
2014.04.03 ・先にお示しした「原稿作成要領」に明記していなかったところですが、本誌は文芸誌であり、縦書きでの冊子を作成しています。
・当然のことかと思い過ごしていたものですが、今改めて
「縦書きによる原稿作成・提出」をお願いします。
・横書きの算用数字やアルファベットなどを用いて作成された原稿を「縦書き」に直すと、90度寝たままの表記になります。
・特に「意図して横書き表記」を希望されるものでない限り、これを冊子原稿にするには困難が伴いますので、是非とも「縦書きでの原稿」の作成・提出をお願いいたします。(有森)
2014.03.20 ・苫小牧から、「苫小牧文学」と「響」が相次いで送られてきました。
・苫小牧は文学に熱心な方が多いようですね。両誌とも、意欲にあふれ、温かみのある構成で、中身もたいへん充実しています。
・高岡啓次郎氏の作品が目立ちます。
・「響」の作品は「逃走」。男が福祉団体に永年名前を秘して寄付していました。それが知られるところとなり、名誉市民賞の最有力候補として名が上げられます。ところが、受賞をかたくなに辞退します。それが、ますます美談としてマスコミなどでも取り上げられ、逃げ場がなくなり、とうとう精神を病むほどに落ち込むことになります。(かつての何が問題であるのだろう)→と読者を引き付けておいて、幼い頃雪転がしの遊びに夢中になり、雪の斜面全体が動き出し、赤い屋根の養護施設を無残に潰してしまった…と結ばれます。
・「苫小牧文学」の作品は「水の甕」。金に困った男が、仮想ゲームで一山どころか莫大な財を手にします。世間といきなり交わるのが難しい、というあたりはよくわかりますが、何でも金で解決しようとします。豪邸を買い、派手なパーティをやらかしたりします。しかし、最後は水甕の中という落ちになります
・いずれも、鮮やかな運びです。これらは、かなりの出来映えでしょう。(有森)
2014.03.16 ・文芸作品とは関係のない書きものをしていました。こういうものは気楽に書けるのですが、いざ作品となると構えてしまうのでしょうか。はたまた、肩に力が入ってしまうのでしょうか、筆がなかなか進みません。
・先の作品のタイトルが、なかなかしっくりこないのも落ち着かないところです。自分の作品にタイトルを付ける。これがなかなか私にはやっかいなことです。
・「四人の会」は今号でいったん同人会を解散され、新たに再出発されるとのことです。同人雑誌とは何か、と問い掛けられています。私たち海にも、この問いは必要なことだと思うものです。ともあれ、「四人の会」の今後に期待いたします。
・ゴーストライター事件、コピペ事件が世間を賑わせています。内容こそ違え、執筆に関わる者として、深く考えさせられました。表現する(書く)ことには、重大な責任が伴うものだということも、強く感じさせられました。(有森)
2014.03.08 ・九州文学の後書きには感心しました。文學界などのメジャーな雑誌の横暴に、いたたまれなくなります。芥川賞など、このような選択でいいのでしょうか。
・文芸思潮などが設ける同人誌からの文芸賞のレベルの高さに賛同しますし、芥川賞などのレベルの低下に驚きを禁じ得ません。
・メディアなども、芥川賞などをあまりにも過大に報道しようとします。ファッションショーでもあるまいし、と思うのは多少僻みも入ってはいますが。
・照葉樹の充実ぶりにも感心しました。
・海も、やはり小説や詩といった部門で、しっかり頑張らねばなりません。(有森)
2014.03.02 ・文学街第317号が届きました。4月6日の集いに行きたいけれど、行けません。当分、こんな調子で過ごさねばならないのでしょうか。
・ままよ、と4月6日の参加予定ハガキを出しました。直前にならないと可否がはっきりしませんが、気持をプラスの方に据えて置いた方が良いと思ったからです。
・森様にはたいへん不義理を重ねておりますすし、読者賞等に陽羅様の名前もあります。同人誌にとって、今とても刺激のある集いですから。
・割付原稿への転記の仕方など、いろいろ試してみました。特に「禁則設定」の仕方で、随分と変わってくるものだ、と身を持って体験しました。
・戦争と平和の1、2巻が届きました。何と、まだ3、4巻があるではないですか。もうこの際、躊躇してはいられません。アマゾンに発注しました。(有森)
2014.02.25 ・全作家協会ホームページ等から、陽羅義光氏の小説(遊びに関して)についてのコメントを、私流にアレンジして紹介させていただきます。(多少私の理解がずれているかもしれませんが、御寛容に願いあげます。:「小説と遊び」と仮題を付けてみました)
・創る者が楽しく読む者が楽しいのが小説
・その中に遊びの精神があれば少しは楽しい。
・辛い小説は読者も辛い。息苦しい小説は読者も息苦しい。ただ難病ものとか苦闘ものとか殺人もので読者を感銘させるためには、辛く苦しい中に一筋の光とか一滴の清水を入れればいい。(「罪と罰」はその典型)
・それが難しければ、それこそ「笑い」とか「軽み」とか「哀愁」とか。ゴヤの絵やバッハの音楽はその典型です。世界一の傑作小説は、トルストイの「戦争と平和」だと考えていますが、戦争があっても息苦しいだけではない。平和があっても気怠いだけではない。
・大昔ならいざ知らず、日本人は生真面目で勤勉で頭が硬い者が多いから、「遊び」と云うと、眉をしかめる。
・だが、芸術活動こそ、(高等な)「遊び」なのである。
・「遊び心」が会社の仕事に含まれる、そんな会社こそ伸びる。
・『梁塵秘抄』の唄に心動かされない者があろうか。【遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ】
 (有森)
2014.02.18 ・第150回芥川賞受賞作品「穴」(小山田浩子)を読みました。途中で何度も投げ出し、5度目にようやく通読しました。「わからないでもないけど」というのが正直な感想です。受賞作品だからということで特に身構えることなく、平静な気持で読んでみました。
・ところで、問題の穴とは何。得体のしれない野生動物とは何。義理の兄で、先生と呼ばれる男とは何。大勢登場する子供たちとは何。複雑極まる大家族にあって、因習の残るムラにあって、トラブルや感情のもつれもない関係って何々…。
・確かに、読ませる力はあるのでしょう。が、この楽観のままに流れていく設定には、あまり納得出来ませんでした。
・一方、同人誌の作品、難波田氏の「兄の恋人」です。妹のしなやかな目を通して語る兄、母、父、父母がかつて住み込んだ工務店の息子兄弟。彼らとの関係や心理を、鮮やかに描き出し、入院中の兄の恋人が描いた兄の絵の描写など、大胆かつ微細に描いてあり、読後に共感を得、納得させられる作品だと思いました。(有森)
2014.02.11 ・小説作品に対し、貴重な批評や感想やコメントをいただいております。
・それらは、私たちが考えている意見とも、かなり近い内容であり、より鋭いとらえ方をしていただいたものです。
・小説の他にもジャンルはありますが、現在小説陣は少人数ながら、目的を持って対象に向かっている、との感を持っております。
・作者は、いただいた意見を糧に、次なるチャレンジに歩を進める筈です。
・いただいた適切な批評や感想やコメント、誠にありがとうございます。(有森)
2014.02.04 ・海に入会される前に、特にお願いしたいことがあります。
・同人には、現在5冊を送付することにしています。買い上げの義務はありません。
・ところが、反対に「自作の掲載された冊子を多数ほしい」と申し出られる新入会者が相次いでいます。
・総作成部数200 冊ということで現在の同人費を設定し、まかなっております。用途は、同人・図書館・メディア・同人誌等に配送することで、190 冊近くを用います。
・少冊数の若干の予備は設けておりますが、「数十冊ほしい」というような希望には添えずにおります。
・同人が自ら経費をできるだけ平等に負担し、その範囲で作成しているものです。そのバランスを考慮いただき、「個人への献本冊数等は精選」の上、利用くださるようお願いいたします。
・一方、海のHPでは個々の方の作品が読め、印刷も可としておりますので、こちらを有効に御活用いただくという方法もあります。(有森)
2014.01.26 ・全作家の方々にお会いし、多くの刺激を受けました。最近落ち込む話が身辺に起きていましたが、やはりどう工夫し、どう表現するかです。基礎をバカにしてはいけない。細部をバカにしてはいけない。深く掘り下げねばならない。己を深く、徹底して掘り下げねばならない。皆さんの気合いが違います。書かれることが違います。
・いつも見ている些事を素材に引き、驚かせるほどの作品に仕上げられる方もあります。どこまでお人好しなのだろう、という御本人が滲み出る作品もあります。鬼かとも思わせる作品もあります。みんな、精魂込め、書き込まれた作品です。
・どんな理屈を言っても、表現しないことにはどうしようもありません。どうしたらここまでの作品が書けるのか、という作品を目の前に突き出されます。
・以前恵贈をいただいて現在交流が途絶えている「小説藝術」と、初めて手にした「小説と詩と評論」とは同一の誌と思っていました。
・以前から、「小説と詩と評論」には深く興味を抱いていましたので、申し込みをさせていただきました。「小説藝術」の方には、冊子を送付いたしました。(有森)
2014.01.24 ・文芸思潮第54号が送られてきました。今号は第10回銀華文学賞の発表号です。
・海の高岡啓次郎氏が「凍裂」で特別賞に選ばれています。その上位の当選作は、九州文学主宰の波佐間義之氏の「加熱炉」です。
・両作品を読んでみました。いずれもストーリー展開にも優れ、はらはらどきどき感があります。しかし、共通しているのは、「情」であり、人間への「愛情」というものが深くに、しっかりと流れている点です。
・読み終わった後に、共感というか、感動が残る、という点が両者の作品の特徴でしょう。独りよがりではなく、読者に納得を与えるという優れた作品だと思いました。
・銀華文学賞によらず、エッセイ賞などにも、かなりの水準以上の作品が並んでいるのは壮観でもあります。いわゆる売れる作家の作品に劣らない、と思ってしまうのは私だけの感想なのでしょうか。(有森)
2014.01.22 ・恵贈いただいた「月白の道」(丸山豊)の感想と、お礼の手紙を書きました。海に感想を寄せていただいた方々にも、お礼を書きました。
・恵贈いただき、読ませてもらう。これは、海の発行の責任者となり、初めて経験することです。無形の恩典と言うべきでしょうか。責任者になっていなければ、自らは触れることのなかった書と出会い、読ませていただくというすばらしい恩典なのです。
・それにしても、「月白の道」には考えさせられました。「大義である」という決定がなされたら、人は人のうちに敵を作り、易々と殺戮に及びます。あるいは、強制的に戦場へと送られ、累々たる屍の中に立ちます。いや、誰もが屍予備軍となり、あるいは道なき道を命からがらに逃げ惑い、弾丸の餌食にならずとも、飢えや疫病で野の屍となります。あるいは、現代の戦闘だと、一瞬の内に消されてしまうかもしれません。
・いったい、人は何を血迷うのでしょう。まさに、これが人間。これが人間の真実でもあるのです。何が、何物が、誰が、人をこういう方向に駆り立てるのでしょう。現在も、片時として戦禍の報を聞かない日はありません。(有森)
2014.01.21 ・文芸作品、例えば小説に限って言えば、これまでの文章作法で古くから言われてきたことが、多く強くあるのでしょう。私も「現実活写」などと言われてきたのですが、「現実」についての解釈が異なれば、活写の仕方も自ずと異なることになります。
・まず、人間とは何か、どういう存在か、人間を取り巻く環境は、などを同時に感じ、考えてしまうのですが、芸術や学問はそういうものではないらしいのです。
・人間を取り巻く仕組みについても考えたい…などということは、下衆の言うことなのでしょう。何を言いたいのかより、やはり「作品として、どう受け取られるのか」を考えねばならないようです。
・わが教養のなさを、露呈したままの書き込みになりました。(有森)
2014.01.15 ・昨日夕方以降、海到着とのメールや、早くも感想を知らせてくださる方々がいらっしゃいます。本当にありがたく、感謝申し上げます。
・今回は特に、ヒヤヒヤの気分が抜けやらないままでの発行でしたので、安堵の気持ちの方が先にたちます。本当は作品の内容やいかに、というべき場面なのですが。
・こうして発行を継続するということに、まず意味があるわけですから、一朝一夕にはならない作品の質の向上の方は、個々が感じ、高めていってくれることを信じたいと思います。文芸の道は、芸術の道。哲学の道。人生を賭けるにふさわしい道です。(有森)
2013.12.28 ・全作家第92号が届けられました。掌編小説特集です。最初の数編を読み始めましたが、よくぞこのレベルに、この筆致にと、今更の如く唸っています。
・どうして、このような知的、情的、芸術的な域にまで至ることが出来るのだろうと。ということは、私がこれまで何も見えていなかった、という反省になります。
・海の作品、とりわけ我が作品の浅さ、というものが気になり始めました。そこで、これも届いたばかりの「構想」をめくってみると、違う。レベルが違うのです。
・我が浅さ、未熟さこそに気が付くものの、一点を深めていくという努力に欠けていますし、何を訴えるかという魅力に欠けています。球を投げ、行く先は球に聞いてくれの姿勢、とでも言うべきでしょうか。知ったかぶりは、禁物ですね。
・というより、努力が足りません。もっともっと、勉強を重ねねばなりません。(有森)
2013.12.26 ・恵贈いただいた本や資料に目を通し、お礼をしたためました。いずこも、工夫され、努力されているのですね。
・その過程がすばらしいし、呻吟の果てに生み出されたものだと思われます。その結果、評価したりされたりですが、その内容はまあいいではないですか。
・芸術には評価というものが付きまといますが、そこはそこ。良ければ喜び、その中に次なるものを見い出し、芳しくなくとも次に踏み出そうとする気持が湧いてくれば、よいではないですか。要は、何かに向かって歩き続ける元気を得ることでしょう。(有森)
2013.12.24 ・海の原稿をとりまとめ、完全原稿に近い1冊の形態にし、印刷所に持ち込む段取りにまで至りました。これまでの道程の遠さは、何度経験しても同じです。
・1冊にまとめるということの難しさはどの冊子にでもある筈ですが、他誌の方々で、手際よくやられている方が、本当にあったら教えを請いたいものです。(有森)
2013.12.10 ・海の原稿が入りはじめました。なかなかのレベルかと思います。
・しばらく、事務方に徹することになります。
・その他、海の作品についての問い合わせなどの連絡をしました。
・深沢氏が、安楽死や間引きを書いたことで、自分自身に十分な説明が出来ないという理由で、川端賞を辞退したというケースがあったということを知りました。
・作品を書くことは、自らの覚悟を書くことなのだと思いました。決してスターを目指したり、ましてや政治家を目指したりするということなど、あり得ないことでしょう。(有森)
2013.12.06 ・さらに、深沢七郎の6冊を注文しました。最初、そこいらのオジサンだとたかをくくっていたのですが、「ただ者ではない」という思いが強くなりました。
・日記などのかなりズレた話があったり、トンチンカンな話があったり、吹き出しそうになってしまったりするのですが、作品の冴えは息を飲むほどのものがあります。「楢山節考」「みちのくの人形たち」だけではなく、「十五のポルカ」など気楽に書いたという作品の中に、心を捕らえて放さない技があります。時代ものでも、古典でも、勿論音楽(ミュージック)でも何でも深くものにしているのですね。(有森)
2013.12.04 ・深沢七郎の本が届き始めました。パラパラと繰っただけですが、「言わなければよかったのに日記」の冒頭に、師の正宗白鳥と散歩する場面が出て来ます。
・白鳥氏が、文壇の様子や、作家や批評家や編集者などの名前をどんどん喋ります。文壇の裏話だとか、外国の作家の名前や作品名が次々に登場します。
・深沢氏は、話に出て来る人の名や、作品の名を知らないのです。「記憶力の悪いボクはボーッとなっているうちに話はどんどん進んでしまう。それに、外国の作家の名と作品の名との違いもわからないときがあるのだ。だから、心細くなってしまって、そのたびに(ボクは作家になどなれる資格がないのだ)と思うのだ。」と書きます。
・私の場合も、今同じことを考えています。よくわかる場面です。(有森)
2013.12.03 ・村田喜代子の今朝のエッセイ「この世ランドの眺め」に、痛く感じ入りました。「人間が死んで火葬したら、体だけでなく、原子みたいなものも煙になって、消えてなくなるんですか?」と知り合いの量子物理学者に尋ねたというものです。
・この問いこそが、私がいつも言う「宇宙を内包している」と考えるもので、芯から興味を持っているものです。(有森)
2013.11.24 ・陽羅氏筆「絶対文感」を読み通しました。以前は気になるところだけを読んでいたのですが、今回は全てを読みました。読み終えた概略は漠然とはつかめるのですが、詳細に理解するまでにはとても至りません。
・1度だけというせいかもしれません。しかし、膨大過ぎて、中身もやはり難しくて、とても読んだという域には達していません。
・意識化、徹底化、異化、変容、通天捨私、未使用十箇条等々、実に精力的に、懇切に、熱心に説いておられるのですが、私には準備が出来ていないのでしょうか。何度か読み返さないと数分の一も分かっていないものと思われます。
・なにしろ、100人を越える作家、その個々の評価、経歴、付随した多くの人物について、さらにその背景について語られるのですから、頭が回りません。1人、1人で引っかかり、藻掻きながらようやく読み通したという訳です。
・文学、ここでは日本文学の、生存していない男性作家についてという限定がなされているのですが、言うならば100人の一生を見ていくわけですから、ことは容易ではありません。こう文学というものに限っても、何という難しいことなのでしょう。
・いよいよ深みに嵌まり込んだのかもしれない、という思いが残ります。(有森)
2013.11.24 ・先日、寝しなにNHKのクローズアップ現代で山崎豊子の「大地の子」の紹介をやっているのを見て寝たところ、眠れませんでした。
・「残留孤児ではなく、戦争孤児だ」と言う山崎氏の声は、怒りに震え、涙ぐんでいました。「自分がどこの誰ともわからず、教育も授けられず、牛や馬のようにこき使われたということを、殆どの(日本の)人は知らない 」と、「自分の文学が何と言われてもいい。そのことを伝えることが使命だ」という覚悟を語っています。
・文学とはこのようにも激しく、打ち込んでいけるものか、陽羅氏の絶対文感に登場する作家と対比し、我が身とも対比してみました。(有森)
2013.11.17 ・海の原稿の一つが到着しました。「詩と画」です。
・画はそれぞれをスキャンして、詩の中にコピー&貼り付け。6編6画なので、半日近くかかりました。
・内容は、楽しいものです。楽しいものもいいものです。(有森)
2013.11.07 ・海の作品に対し、きちんとした感想や評価をいただきますので、自分なりに真剣に取り組まねばならないと言い聞かせております。
・これまでは、書いたので掲載するという気楽さで行っていたのですが、何を伝えるためにどう書くか、というところまで考えます。もっとも、それでも自分の思い込みというものはなかなか脱し得ず、これからも恥をかきながら書く、ということあたりで進みそうです。しかし、同人各位の姿勢が真剣になってきたことは間違いありません。
・書いて、読んで、発表して、ということの絶え間ない繰り返しが大切ですね。(有森)
2013.11.07 ・掌編を書き始めましたが、リズムに乗れません。
・夜半になって、やっと気分が一点に定まりました。ああ、私の作品の書き出しにはこういう気分が必要なのです。気分が定まると、情景が現れ、言葉が動き出します。
・しかし、放っておくと細かな描写になります。一行が、次の一行を呼ぶのです。
・待て待て今は掌編なんだ、と言い聞かせながら、しばらく言葉の走りに任せます。ものを書いたり、ものを作ったりするには、自分なりの気分やスタイルがあります。独特の気分です。一点、一行に自分が入り込み、あたりの情景が立ち上がり、登場人物に血の気が通い、実在の人物に似たものになります。
・気障なことを言えば、私が作っていくのではなく、湧いてくるものを写し取って行く、という行為かもしれません。こう書いてしまえば、嫌みでしょうか。
・邪道の姿勢なのかもしれませんが。(有森)
2013.10.30 ・村田喜代子「鍋の中」「水中の声」「白い山」「鋼索電車」「空中区」「昼の夢」「寒い日」「百のトイレ」を読みました。絵となり、風景となって見えます。
・どこからこんなイメージが湧き、文となるのか。これまでたいていの作者の作品には意図を感じていましたが、村田作品には余計な意図や力みが感じられません。
・元から宙にあるものを掴み取った、とでも言うべきでしょうか。
・「そこにそのままあるものを書いただけ」とでも言わんばかりのひょうひょうとした書きっぷりで、余すところなく、くどくもなく、軽々と表現しておられます。
・村田氏はきっと、異次元の世界からひょいと手を差し入れることの出来る、特別な能力を持っておられる方なのでしょう。(有森)
2013.10.04 ・海についての御意見等をいただき、ありがたく思います。
・真摯に問題点を指摘していただいた内容には、真剣にお答えした上で、今後の作品に生かさせていただきたいと思います。
・また、私生活を思わせる同人誌作品を読むのが辛く、次号からの送付を止めてほしいという申し出もあります。同人誌は相手の顔まで見える作品であるので、読む側には辛くなるということもよくわかります。それら交々の気持もあります。
・こういう状況の中、書き継いで行くということはなかなか難しいものがあります。決して自慢でもなく、自虐でもなく、芸術作品にして行こうという考えを遂行するには、地道な努力を重ね、大きな目で眺め、焦ることなく進めて行く必要がありそうです。(有森)
2013.09.29 ・シンプル・イズ・ベストだとの基本的な考えは、抜けません。自分の作品がシンプルであるのかとなると、汗顔の至りですが。
・横文字や、多くの難解なカタカナや、学術用語で固められた評論などを読むと、自分の力不足は棚に上げ、もう少しわかり易く書けないものだろうか、と固まります。
・わかり難いことを有り難がる風潮は、今もあるのかもしれません。
・作品も、1頁すら読めずに積み上げたままのものが多くあります。わが教養のなさ故、ということは自覚していますが、難解でなければならないといった作品には近付けないままでいます。
・また、冗長な形容詞を多用したり、ルビを多用したり、!や?などを多用する作品にも、最近は近付けないでいます。(有森)
2013.09.29 ・一冊の発表誌に、詩や俳句や小説などを併せて掲載することはいかがなものか、という御意見をいただきました。小説を2編も掲載するなど、もってのほかという御意見も。
・そうだろうと思います。が、海の成り立ちから、「発表の場」というとらえ方で長年やって来ましたので、止むに止まれぬ気持から出た作品を受け止めて行きたいという意見が多くあるやに思われます。
・確かに、小説を2編もというのは好ましくないかもしれませんし、甘いと言われればそれまでですが、自分たちの発表の場、という線は崩れそうにありません。少数で運営する地方の誌、ということに尽きるのでしょうか。(有森)
2013.09.10 ・海第10号の校正に出向きました。190ページというのは、かなりのボリュームを実感しました。エッセイ、詩の方も、大分趣向が変わって面白みがあります。
・小説も増えました。内容もかなり、というところでしょうか。
・後は、論文等の充実ですね。
・ルビの付け方の実地指導を受け、とても参考になりました。
・しかし、校正で、ルビ、傍点、線において、課題が残りました。行を崩さないようにルビや傍点を打つというのは、かなり技術を要します。今はまだ、「行の崩れを防ぐことと、何ポイントでルビや傍点を打つか」が疑問のままです。
・実地訓練を初めて受けたのですが、「これは大変だ」というのが偽らざる感じです。原稿づくり、それに割り付け原稿確認の時点で、きちんと処理をしないといけないのですが、「−」などはこちらでプリントアウトした段階でもわからず、「ズレ」が生じますので、この3つが現場でおおいに苦慮することになっています。(有森)
2013.09.02 ・原稿を持ち込んだせいか、ずい分気分が落ち着きました。いくつか溜まっていた恵贈誌などにも目を通します。気のせいか、どこの誌も本気度が上がっているかに見えます。書きたい数人が集う誌に、意欲的な作品が目立ちます。
・大規模な誌のよさはいうまでもないことですが。小規模な誌である海は、大規模な誌が持つ伝統や厚みには劣るのですが、はたしてどうなりゆくでしょうか。(有森)
2013.08.14 ・海の発行準備に入りました。10号記念ですから、過去の掲載作品一覧などを作り始めたものの、これがなかなか手強いのです。おまけにこの暑さですから、気分は悪くなるし、イライラするばかりで時間が過ぎます。
・編集人は、すべきことがあり過ぎ、の感があります。
・企画、協力依頼、周知、原稿受付、割り付け、データ修正、その間の問題受付、打ち出し、校正、印刷所持ち込み、ゲラ校正、宛先作り、発送準備、発送、会費徴収、決算報告、対外的なやり取り…と書き出したら切りがありません。
・在職中より忙しいと、自信を持って言えます。自分の創作が別にあります。これは、机に10時間座っていればいいというものではありません。本当に奥の深い世界です。
(有森)
2013.07.24 ・芥川賞、直木賞の選評を読んでいると、「知識、教養、センス」という言葉がよく使われていることに気付きました。当然と言えば当然の表現ですが、ここには排他的な臭いがしないではありません。
・もっとも、知識、教養、センスのない身に、芸術がこなせるわけもない、と我が身にひき比べて思うのですが。ここに、学歴と書かれなかったことに、一縷の安堵をみてはいます。知識、教養を身に付けるようになるためには、学歴はほどほどにしても、それを開かせる環境(文化に触れる機会、書物や書画などに触れる機会、自らが愛情に深くくるまれているという体験など)に恵まれることが必要だと、強く思うものです。
・私的には、否定的な環境の中で育ってきましたので、これから何をどうつないで行くべきか、と考えます。恨みや復讐を芯にもつ作品が、人々の心に語りかけるものではないということは、ようやく理解出来るようにはなりました。
・やはり、どんな否定的な内容の作品を手掛けるにしろ、芸術的な手法での、感動、救い、希望が芯になければならないと思います。(有森)
2013.06.30 ・村田喜代子「蕨野行」を読みました。農家の老人が、60歳になったら山に入らねばならないという話です。楢山節考とは異なります。村田氏の世界は、すごいです。
・1度ならず何度かお会いしたことがありますが、このようなスケールの大きい話がどこから出てくるのでしょう。
・かれこれ25年ほど前、大学の文化講演会にお招きしたことがありました。芥川賞をとられたばかり。失礼ながら経歴から、大学関係者はそれほどの期待はしていなかった筈でした。しかし、話は大学教員の腰の引けたものとは違い、満員の聴衆を十分納得させるものでした。村田文学は奥深く、温かく、本格的に読み込んでみたいと思います。この読む書くという途上に出会った、極めて大きな作家であるとの思いを新たにしました。
・異界といってよいのかわかtりませんが、こういう空間を描く、という神がかり的なすごい作品です(有森)。
2013.06.25 (海第9号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・和田の「望郷」に、改めて戦中、戦後のことを考えさせられた。(F氏)
・笹原の「夢幻」、月岡の「卑彌呼さん」、有森の「星降る」「テンゴク」「流れる」を楽しんだ。(S氏、M氏)
・有森の「吹き上げる雨」はよく書けているが、尼の問題が課題である。(H氏、M氏、N氏、S氏、A氏ほか)
・松本の「自由律俳句」に興味(是非ではないが)を覚えた。(A氏)
・有森の「文芸漫遊記(二)」が興味深かった。(A氏、N氏、S氏)
・高岡の「タクシー」「視線」に作者の誠実な人柄を感じた。(N氏)
2013.05.16 ・石川友也氏から恵与いただいた「空のある詩」を読み、優しい気持ちになりました。現代詩が、このようにわかりやすく、しかも胸にズンと響いてくるということは、有り難いことだと思い、その詩魂に感動しました。
・決して気取らず、背伸びせず、やさしく、それでいて本質に迫るという、氏の姿勢におおいに共感いたしました。その中から、一作についてだけ書きます。
「緑の中のクリーニング店」
 最初は乾いた土塊だった地に、小さな緑が萌え出、愛情を込めて育てていくうちに、幹も太く葉もどっさり茂り、途中大きな嵐に遭うこともなく、日々緑の恩恵を与えてもらい、何とか無事にやってこれた。と、家族の生活を、そのような例えで表現されます。
 45年前は、「空はどこまでも青いが、灰色の雲が重くのしかかる荒野」だった場所に、微かに伸び出た緑の木(お店)は、家族のみなさんが健やかに育ち、伸びていくのをやさしく見守ってきたのでしょう。
「大きな野心など持ちません」というところは、とても素直に読めます。
 それでも、いつか「緑の葉が一斉に舞い落ち、私たちを埋め尽くす」日がくるのだろうということですが、このさりげない言葉で語られる一生(家族の、緑の木=お店の)は、なんともゆかしいものに思え、清々しい思いで胸が溢れます。(有森)
2013.05.14 ・「文藝軌道第18号」(東京都)を読みました。文藝学校の指導をされている方を中心にした誌のようで、レベルの高い作品が並んでいます。
・黒羽氏の鉄道図を用いた作品は、戦中、戦後の物語で、氏の思い出に残る方々は今は殆どなく、当時の思いや印象や背景を丁寧に書いておられます。
・その他の作品はとても読みおおせる分量ではないので、出だしだけを読んで見たのですが、さすがに出だしから引き込まれます。
・とても参考になる誌ですので、おおいに活用させていただきたいと思います。(有森)
2013.05.13 ・陽羅氏の「太宰治新論」を読了しました。太宰の作品を何度も何十度も読み、太宰を知って30年の時間をおいての評論です。
・太宰の作品の一つ一つには、多くの関係者によって幾多の論が書かれているのですが、それらを受けての論です。太宰の人間としての優しさ、心配りにまで、作品から説き進めておられるのですから、見事だと思います。
・私など、太宰がこうだった、志賀がこうだった、川端がこうだったなどと、考えることもなくきたのですが、我が浅はかさを恥じるばかりです。(有森)
2013.05.07 ・福岡市の同人誌KORNが充実しています。
・納富泰子氏「蛇苺の紅−愛しい人たち−」は、200枚の力作。田舎の理不尽なしきたりに翻弄される義母たちや、夫である息子たちの生き方を渦中にあって眺めながら、主人公である嫁の目で話は進められます。
・全くの田舎にしか通じない思惑や偏見などに苦しみながら、義母たちの老いを見送って行くわけですが、「この世に異常でないことなどあろうか。異常が日常ではないか。正常とは何なのだ。この世は『何でもあり』なのだ。境界線が人によって違うだけだ」という一節には、唸りました。
・阿鼻叫喚とでもいうべき事柄が続く中で、主人公が(作者)が冷静で、懐が深く落ち着いているという点が出色です。(有森)
2013.05.02 ・文学街の森主宰の御尽力で、同人誌作品を日本文学振興会に推薦出来るという道筋が開かれつつあります。今の段階で、同人誌の作品が相応のレベルにあるとはとても思えませんが、このようなツールが出来つつあるということは、我が国の文学全体のあり方を考える上で、とても重要なことになるのではないかと考えます。
・そもそもが、「同人誌文学賞」なるものを提案したことでしたが、これが文学街の方針、文芸思潮の方針などとバッティングしないようにと森主宰にお願いし、わが「同人誌文学賞」の提案を取り消していただいたという経緯があります。
・森主宰はこれらを一歩も二歩も進められ、日本文学振興会との折衝に臨まれたものと推察いたします。森主宰の御発想の雄大さに、畏敬の念を覚えるものです。(有森)
2013.04.30 ・陽羅氏の「水恋譚」を読みました。これが陽羅氏の、本物の「母物語」ではないだろうかと思いました。
・主人公は妻なのですが、夫がエリート銀行員でありながら、変な人なのです。家庭生活はいたって普通なのですが、優しすぎるのです。
・夫は娘が通うことになる小学校のプールに出向きます。子供たちと一緒に泳ぐというのではなく、水に顔を沈めることによって、水底に20年前に自殺した母の姿を発見します。
「ごぶさたしました」
「約束どおり、来てくれたのね」
・二人の間に、多くの会話が交わされます。母は美人です。夫は、母をみえっぱりの無教養人と決め付け、口にも出して言い続けたことで、母の死の遠因になったのではないかという思いがあるのでしょうか。実は、母に対し最も多く抱いていたものは恋慕の感情の変形したものであり、甘えがあったのです。
「美しいお母さん」ということばが、口元まで出かかります。
・母は、「おまえは、子どもの頃から、正直で素直でした。正直で素直な人間は、自殺なんかしたりしません。わたしは、曲がって歪んだ人間だったのですよ」と言いますが、「そんなことは、ない。母さんはいつも透きとおったひとでしたよ。ぼくが母さんから逃げたかったのは、あの男の存在のせいではありません。いま思えば、母さんの従順でしかも一途なところが、怖かったからです」というやり取りになります。
・あの男(詩人で、後にノーベル賞を得る)や父との関係のことなどは置いて、夫がいかに母を慕い、かつ煙たがり、嫌悪し、自殺という結果に罪を感じ、慟哭し止まないかという心情が随所に語られます。
・話の作りは単純ではありません。夫の心情、母の心情、妻の心情の曲折が巧みに語られ、話はスピーディに進みながら、やはり母への思いが迸って出ます。
・夫の夢見である「黒い巨大な渦巻きが、丸いちいさな地球をのみ込むのを見た。あとには、ブラックホールしか残らなかった。それは自然現象、いや宇宙現象とでもいうべきものであった」とあり、「暗黒の未来しか残されていない人間が、どうして子を産み、育てることができるのだろう」というくだりには、私も物語を離れて納得しました。
・最後の詰めも見事です。ノーベル賞詩人の作は全てが盗作で、その詩は20歳で詩を捨てた夫の作になるものだったということです。この結末で、夫が母を失ったということがいかなる意味を持つものか、というさらに強いインパクトが加えられます。
 (夫の詩)
 こころが透明になるときがある/一ト月に一度いや一年に一度/そんなとき死にそこなって/二十歳になった。(有森)
2013.03.23 ・白石すみほさんが発行されている「ふたり」の感想を書き送りました。
・ふたりという誌は、いつも手にしただけで和まされる誌で、横尾和博氏の寄稿文に和まされ、藤田愛子氏の慧眼に納得させられました。
・白石さんの「アイスピック」という作品は、まず文章がしっかりして乱れることなく、細やかな心理描写も「うまい」としか言いようのない筆致で書かれています。
・作品の内容のよさもさることながら、最近はよい文章に惹かれるものですから、横尾氏の言われるごとく、希有の書き手だと首肯しました。(有森)
2013.03.05 ・福岡市の照葉樹という同人誌の充実ぶりが、目に付きます。
・第二期第3号が送られてきたばかりですが、100頁近い冊子に変貌。詩、俳句、短歌、エッセイ、紀行文、小説と、量も内容もかなりアップしました。
・同人も6人、特別参加2人、広告なども入って、かなりの線ですね。(有森)
2013.02.26 ・陽羅義光氏の「子規の四季」を読みました。子規が陽羅氏か、陽羅氏が子規か、途中で混同してしまうほどに、陽羅氏が子規になり切っています。
・映画監督の大林宜彦氏の解説が、そのことを示しています。映画の子規の役を陽羅氏が見事に演じている、と言う例えは外れていないと思います。
・陽羅氏は、小説としてこの作品を書くに当たり、主な参考文献だけでも50数冊を読みこなし、根岸庵にも松山にも行き、2年半の間、子規になり切ったと言われます。
「子規になりかわって生き、考え、文章を綴る。―そういう困難な試みに挑んで、本書は、よく一体感を出すことに、成功した。正しく真に迫った、この希有な一人称の小説は、壮烈な詩魂と、清新な文体によって、子規の魅力を、生々しく現出させた。」という倉橋羊村氏(俳人・作家)の帯文が、まさにこの作品の的の中心を射ています。
・それにしても、明治中期の上流にあった若者の群像(漱石、鴎外、虚子ら)が今生きて在るかの如くの息遣いで迫ってきます。これも、陽羅氏の筆の冴えがなす技でしょう。
「大学の授業のような学問をやれとは言っていない。文学をやるに必要なだけの、学問をやれと言っているのだ」
・これは、子規が虚子を後継者として望むために言った言葉ですが、陽羅氏がわれわれ物書きに向け「これが常識だろう」と言われていることだとも思えます。
・上流家庭の子弟たちの誠に恵まれた境遇を羨むものですが、それはそれで苦悩から逃げることの出来ない人間というものの中心に、見事に切り込んだ作品だと思います。(有森)
2013.02.21 ・福岡市文学館主宰の講演会に行ってきました。講師は長野秀樹氏。西日本新聞の「西日本文学展望」を10年ほど続けておられ、現在長崎純心大学教授。演題は「同人雑誌の魅力と課題」というもので、散文系の誌が30数誌あるとのことを知りました。
・力説されたのは、1つのテーマであっても、切り口を替え、スタイルを替え、何度でも書くことを勧める、ということでした。鮒田トトさんのように、素材に寄りかからなくても読む者の気持を惹き付ける作品が書ければ、という話には頷きました。
・また、小説を書くということが、世間にはなかなか受け入れられず、それでも書かずにはいられない空隙のようなものを持った者がわれわれなのだ、という話には苦笑するよりほかありませんでした。そのような連中が、30もの集まりを持っているのですから、人間というものは単純ではないということなのでしょう。
・18時30分から1時間半という時間はあっという間に過ぎ、殆どの同人誌の関係者が集まった感があり、大盛会でした。(有森)
2013.02.19 ・小川洋子氏のことを知る度に、思考の方向や内容が似ていることに微笑まされます。私は、彼女のように恵まれた環境にはいませんでしたが、科学的な現実を見て、永遠を思考するというところなど同じです。
・「科学の扉をノックする」という本など、「宇宙を知ることは自分を知ること」「鉱物は大地の芸術家」「命の源『サムシング・グレート』」「微小な世界を映し出す巨大な目」「人間味あふれる愛すべき生物、粘菌」「平等に生命をいとおしむ学問『遺体科学』」「肉体と感覚、この矛盾に挑む」となっており、どれにも興味を惹かれます。
・中でも、宇宙を知ること、サムシング・グレートは、私もまさに同じ考えに立ちます。もっとも、彼女の聡明さには及ぶものではありませんが。
・しかし、私たちはわずかに3%の能力しか使っていないそうですから、頑張ればもう少し上がれそうな気もしますし、そうありたいと願います。
・著書「博士の愛した数式」は、奇跡をいくつもいくつも織り込んだ本だと思います。(有森)  
2013.02.10 ・なぜ小説を書かねばならないのですか。との問いに、片山恭一氏は「病気だから」と即座に、明るく答えました。なぜ文学、文芸をやるのですか、との問いには、「そんな辛気くさい遊びごとの類に、時間を使えるだけ使って。何故ですか?」との意味合いが込められているとみた氏の、機転の利いた答えだったと思えます。
・小説など書いていてはまず食えやしないし、物見遊山に出掛けるのでもなく、上手いものを食い歩く訳でもない。自分の部屋に籠もり、4時間、5時間と呻吟する姿は、誠に滑稽という以外にはないでしょう。
・小山内恵美子氏も、体調がよくない日でも、1行でも書けると気分が安らぐということですから、やはりこれは「病気」なのでしょう。
・本人たちにとっては哲学であったり、使命であったりするのですが、傍目には奇異に映るに違いありません。(第1回九州芸術祭文学カフェから)
・文藝春秋を買ってきました。「abさんご」が、果たして読めるかどうかです。(有森)
2013.02.04 ・陽羅義光氏から恵贈いただいた「愚家族」を読了しました。
・家族というものの愛憎が幾本ものこみ入った線で、巧みに描かれています。家族というものの持つ「愛憎」を、それゆえの転がりを、その果てまでをと、描き、予感させるすごい作品です。原稿用紙約600枚の隅々にまで神経が行き届き、登場人物の性格や心理が、幾重にも簡潔な文章で表現されます。
・ストーリーは複雑を極め、命をかけて生きて行く人間というものの酷さ、切なさを抉り取り、進んで行きます。
・人間とはどうしてこうも大変なのか、「死のうが生きようが、殺そうが殺されようが、人生50年」と主人公に言わせ、愛、欲、憎しみ、嘆きなどがこれでもかと出てきますが、バックに流れているのは「愛と信頼」という大きなテーマです。
・命がけで書かれた作品だと思われますし、文学、文芸の真の力を見せていただいた、すばらしい作品だと感動しました。(有森)
2013.02.01 ・文芸思潮第49号が送られてきました。
・今号は、銀華文学賞の発表号と言っても差し支えないようです。結果として、「当選作なし」となっていますが、昨年の当選者の方が最高賞なので、そうなったのかもしれません。ただ、全体のレベルは上がっているが、突出した作品がなかったため、と選評には書かれています。
・今年が第9回ですが、上位50人ほどは、毎回名前をどこかで聞く方が殆どで、どこの文芸時評にもよく取り上げられている方々が犇めいています。
・まほろば賞の方も定着した感があり、同人誌にもかなりの書き手が揃っているのだなと、改めて考えさせられます。
・エッセイ賞、現代詩賞、イラスト賞、漫画賞にも、多くの才能が集まっているようです。特に、エッセイ賞では、どれが当選作なのかわからないぐらいに、ハイレベルの競争が続いていると感じるものです。
・文芸思潮の賞は、賞金も多くなく、賞を貰ってもメディアが取り上げるでもないというのが現状です。しかし、特に前者はそれでいいのだと思われます。
・しかし、いつかの時点では、芥川賞や直木賞を逆転する作品が出てくるかもしれません。もっとも、文芸思潮の方には編集者のアドバイスなどというものがなく、個々の力量をそのまま出しているわけで、(仮にアドバイザーがいたりすると)相当な書き手になりそうな人が何人かは出てくるのではないでしょうか。(有森)
2013.01.31 ジュンク堂などの大型書店では、殆どの本が入手できるのだろうと、出掛けてみましたが、新刊本は多いものの旧刊本は、手薄なようです。ならば、と注文してみたところ、出版社が絶版にしており手に入らないということです。
・こうなると、中古本、古本専門の書店になります。
・TSUTAYA、BOOK OFFの面白みは大型の新刊本を扱う店舗で手に入らない掘り出し物に出会うことがある、ということですね。
・新たな入会希望者の参考作品が届いたので、読み、返事を書きました。このことで半日を費やしました。今になって、私自身として、正確な日本語を書くことの重要性に気付かされました。(有森)
2013.01.30 ・三田誠広氏の「天気の好い日は小説を書こう」(ワセダ大学小説教室)を読みました。要するに、「小説とは何ぞや」「小説の書き方」という内容のものですが、早稲田の学生になどなれなかった我が身の不運を呪いながら、今早稲田の学生になった気で読みました。小説の書き方というものでこれまで出会った本は、全く参考にならなかったという思いですが、この本は違いました。お陰で、文学部に通うことなく勝手流で小説を書いてきた私ですが、自分なりに一本筋が通った気がします。
・文学史から語り起こし、「小説とは何かという大問題にズバリと答える」「小説はエリートが書くもの(これは私が読んだ範囲で考えたこと)=田舎出の人間には遠い(これも前に同じ)」「ありとあらゆる小説を読む時期と時間が必要」「小説のキーワードはリアリティー」「近代小説の六つのタイプ」「小説は芸術だ」「小僧の神様は大人の小説である」「主体、欲望、壁というキーワード」「正しい日本語で書くこと」「オノマトペに注意」「過剰な形容をしない」「接続詞を外してみる」「削げるだけ削ぎ落とす」「視線を動かさない」「孤独、絶望、愛、希望、感動という言葉は使用厳禁」と、書き出せば切りがありません。
・これらが講義録のかたちで書いてあるのですから、すんなり入って来ます。何度も読み返してみたい本です。「深くておいしい小説の書き方」「書く前に読もう超明解文学史」という続編もあるそうですので、こちらも是非読んでみたいものです。
・読んだ後で、陽羅氏の「絶対文感」に似た内容であるのに、気付きました。お二人とも早稲田です。早稲田の底力を感じました。(有森)
2013.01.05 ・いろいろのアドバイスをいただいたり、自分の過去の作品を見返して気付いたり、と行きつ戻りつしながらやっております。
・今頃言うのも変ですが、文章って難しい、作品って難しいものだ、とつくずく思うことになった次第です。
・てにをは、形容語、オノマトペ等々にも、十分に気を配らねばなりません。
・それが出来てこその内容、いえその逆であるのかも知れませんが、いずれが欠けても失格です。ところが、自分の作品の場合には気持が入りすぎるため、外れているポイントがわからない、気付かないという難しさがあります。
・文章として、作品として、一応可というまでに至ることの難しさと、それに向かうという醍醐味とを感じるものです。(有森)
2013.01.01 ・文芸の道は、まず才能があったとして、残りの?%は文章という言葉を間違いなく、嘘偽りなく、巧みに操る必要があるようです。
・内容云々は、この文章による言葉での表現が何とか出来てから、という手順になるのでしょうか。それとも、才能による内容の閃きの方が先、なのでしょうか。
・後だ、先だの話は置いて、この2つを満たさねばならないのですから、文学、文芸の道は容易いものではありません。
・茶道、華道、柔剣道等々、道と名の付くものや、芸術・学問というものの、奥の深さを知らされます。近付けば、容赦のない試練が次々と課されます。それは、修行と呼ぶにふさわしいことだと、ようやく気付くことになりました。(有森)
2013.01.01 ・2013年が到来しました。2013年の日が、ちゃんと昇りました。
・2012年問題で大きな心配をしていましたので、まだ気持ちの整理がうまくついておりませんが、新たなスタートが切られました。感謝あるのみです。
・多くのことは望まずとも、まず平穏な1年であってほしいと願うものです。
・皆様の御多幸と、御活躍のことを切にお祈り申し上げますとともに、本年もどうぞよろしく御指導等くださいますようお願い申し上げます。(有森)
2012.11.09
以降
(海第8号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・牧草の海へのことばは、味わいがある。(U氏)
・月岡の詩「盈」の人間に向けられる目には、感銘を受けた。(U氏、M氏)
・有森の詩は、わかり難い。(U氏、K氏)
・有森の詩に、感ずるところがある。(M氏、H氏、T氏)
・和田のエッセイは、読ませる。(Y氏、T氏)
・有森の漫遊記は面白い。(N氏、M氏、H氏)
・有森の掌編小説「遺言」は、最後が決まっていない。(M氏、S氏)
・有森の小説「鼠の告発」は、書き手が入り込まない方がよい。(M氏、S氏)
・有森の小説「鼠の告発」はなかなか読ませる。(Y氏、H氏、N氏、M氏、S氏、A氏)
・有森の小説「鼠の告発」は、最後に緊迫感を失った。(S氏、Y氏)
・牧草の作品に注目している。(Y氏)
・全体にまとまりと、迫力を感じる。(N氏、M氏、H氏、Y氏)
2012.10.29 ・意欲のある方々に加わっていただけないものか、と願うものです。
・現状は現状で何とかやっておりますが、1人が複数ジャンルに手を広げ過ぎのきらいがないではありません。
・年齢の上下は問わず、やはり意欲です。
・自分の世界を作ってみようというほどの人がおられたら、海の門を叩いてみてほしいものです。是非、自らの表現を試みてほしいものです。(有森)
2012.09.16 ・棚田を維持しきれなくなったという話があります。
・芸術も、文芸も、以前の美を称賛することに異議はないのですが、でなければならないとなると、話は別ではないかと思わないでもありません。
・もちろん、文芸であるからには文章を疎かにすることには賛同しませんが、五七五でなければならない、一点一画も変えてはならないというような話になると、内容によっては変化もあり得るのではないかと思うものです。中身が問題でしょうから。
・権威ある方たちや、編集者とか、メディアの関係者が「特定のかたちや資格」に固執されるのは、本当のことなのでしょうか。そうであるのならばいたしかたないのですが、変化は起こり得る、むしろ変化してもよい…、と思うのですがいかがなものでしょうか。(有森)
2012.09.01 ・自費出版の本の一冊ですが、短歌に永年打ち込まれてきた方らしく、とても深く人間を見詰めておられます。生老病死、愛憎離苦に話は及び、それもしなやかな表現で、かつ古今のことに通じ、思いを馳せられます。
・この本などは、新刊書の棚を探しても容易くは見付けることの出来ない、主張を押し付けるようなものではなく、素直に胸に迫ってくる内容の本だと思います。(有森)
2012.08.29 ・寄贈いただいた約8割方の本を読み、感想などを送付しました。
・それぞれの方が、それぞれの工夫の元に書かれた本は、どこかに気付かされるものがあり、教えられるものがあります。
・同人雑誌作家といわれる私たちの仲間たちも、懸命の努力をしておられます。ここまで読むと、権威ある方々が「いわゆる同人雑誌の作品は」とか、「同人雑誌作家は」とか揶揄されることが、本気なのだろうかと思えてなりません。
・もちろんこれらは自費出版作品ですから、「自費出版作品などは」と同じように揶揄されますが、これも本気なのだろうかと信じ難い気持です。
・話は変わりますが、研究者の出版など、税金でまかなわれる補助金の類が多いようですから、だとすれば、まだ自費出版の方が潔く思えてならないのですが。(有森)
2012.08.25 ・これはウィキペディアの関係のことですが、関連して、出版、WEB、メディア等々の常識では、同人誌作家や自費出版というものは、概してレベルの低いものとされていることのようです。
・賞暦や学歴のことでも、同じことが言えるでしょう。
・例えば「プロフィール」です。「A国立大学卒業」と賑々しく書いてあるかと思うと、本人が「B私立大学卒業」と申し出ているのに、これは一定レベルに至らない学校だなどという変な「常識」があるらしく、先方で気を利かせて学歴は空白になったりします。それは、本人だって学歴コンプレックスに悩んで来た経緯がないではないのですが、今に至ってはそんな常識を超越すべきだとの意味の積極的な申し出なのですが‥‥。
・特に学歴は、18歳頃の家庭状況や運不運等によることの結果であろうし、たかだかこの100年に紆余曲折を経て定着した1つの基準に過ぎないのではないでしょうか。
・賞暦も似たようなものですが、そのあるなしで、しかもどのような賞であるのかで、態度が変わる作家もあれば、取材などする側でも扱いが異なったり‥‥。
・話がずれましたが、作家と同人誌作家を分ける基準、それは受賞だの学歴だのと言った形式的なことではなく、実質的な作品の質においてどう区分するのか、ということを知りたいものです。まさか「売れるか売れないか」が基準になっているのだとすれば、作家とは「編集者の思い通りになるロボット?」だということになりはしないでしょうか。世の中、金が支配しているのだとは言え、そうだとしたら「それらを度外視した大きな作品は、今の作家からは生まれ得ない?」ということにもなりかねませんが。(有森)
2012.08.09 ・文芸が田舎に受け入れてもらえない、と私の個人HPのどこかに書いたことでしたが、これは私個人の特殊事情によることかもしれません。
・街の多くの人々が、文芸に理解を持つのかと考えたとき、前段のような記述になってしまいました。思えば、在職時に同人誌をやっている、小説を書いていると漏れ聞いた上司から、「そんな奴は屑だ。仕事をやりたくないのなら、辞めてしまえ」といきなり怒鳴られたことがあったことを思い出しました。
・文芸の類は、職場では禁句でしたから、ペンネームで書かざるを得ず、新聞に載ったりすることを極端に恐れたことがありました。それでも、小説を書いているなんて、なんと胡散臭い奴だという扱いを、始終受けて来たという思いがあります。これが、私の思い過ごしでなければ、ということですが。
・ですから、文芸に係わるということは、十字架を背負うような思いで歩くとでもいうべきことでした。身内からも、事実でもないことをそれらしく書かれれば嫌な思いをする、辞めてくれ、と言われ続けて来たことです。
・しかし、思うに、それらを過度に恐れながら続けていた自分がおかしかったのではないかと、最近思うようになりました。「よく見られようなんて思わない」「もっと、悪徳の部分まで掘り下げるべきだ」「人間とはどんな酷いことだってしでかしてしまう」と、これは作品の面であり、積極的に現実の悪に向かおうというわけではありませんが、「偽善者であるより、悪の方を望む。自分の心には、善も悪も同居して棲んでいるではないか」ということからです。もっとも、実生活の方はおくとして、作品内容としては、少なくともこの考えでいきたいと思うものです。(有森)
2012.08.07 ・下記の話の中に、純文学の雑誌は2,000部も売れないのではないか、という点がありました。売れない→月刊が季刊になったりする→同人誌評がなくなるなど、文学全般へのカバーがおざなりになる→同人誌の面倒まで見ていられない→雑誌自体、出版社自体の経営が厳しくなる、等といった内容でした。
・いわゆる経済の論理で文芸のあり方も、評価の仕方も変わって行く、というのは頷けないわけではありません。
・こうなると、この経済の論理にあまりとらわれずに文芸を継続して行けるのは、自前で発表している同人誌になってくる、という話にもなりましょうか。
・世に作家といわれる方々の作品には触れつつも、同人誌の作者の作品にもハイレベルのものが多くある、というのはかなりの同人誌をいただいて、身近に感じることです。勿論、「いわゆる同人誌の作品」と揶揄されるものも、数的には多いものだとの自覚はあってのことですが。私なりにいわせていただければ、同人誌は玉石混淆の場であり、きちんとした認知をすれば、いわゆる作家や、評論家のレベルに達したり、あるいは越えたりする素材が埋もれている場ではないのだろうか、と思えてなりません。
・若者云々にしても、育てて売る必要がないのであれば、若者が居てもいなくてもそれほど関係ないのであり、あまりとらわれなくてもよいのではないでしょうか。(有森)
2012.08.07 ・文芸思潮の五十嵐氏が来福されたのを期に懇談会が行われ、招いていただいたので出席しました。同人誌をどのようにもり立てていくかという内容であり、方法の一つとして、同人誌作品には「ハイレベル」のものがあるので、まほろば賞や銀華文学賞のように、同人誌作品を認知して行こう、という話には頷かされるものでした。
・それに先立ち、そもそも評価をどう行うか、どう行われるかが重要ではなのかという提議もなされました。
・若者をどう呼び込むかについては、入会者が多くあるというところを除き、努力をしているがなかなか思うにまかせない、というところが大勢のようでした。
・今回のように、コメンテーターの来福を得ての、同人誌の垣根を越えた懇談会というものは、とても有意義なものだと思われます。
・それにしても、五十嵐氏の精力的な御活動(昨日は広島の取材、9日は長崎の取材だということでした)には、いつも頭が下がるものです。(有森)
2012.08.05 ・2012.8.3の西日本新聞の文化面「声を発した詩人たち」の記事には、頷かされました。「フクシマのあとに声を発しないことは野蛮である」ということです。
・文芸人、とりわけ詩人たる者についての記述、「四季の訪れや自然の変化を敏感に感ずる人間たちだ。その自然への鋭い観察能力はまた人類や地球の未来への危機や不安を直感してしまう予知能力でもある」は、まさに私のかねてから思う詩人像に重なるものです。
・詩人が、「人類や地球の未来への危機や不安を直感できないで何をする」というのは、私の拙い意見ですが。(有森)
2012.08.05 ・作品は、善なるものばかりを用いるということでは、その深みが出ないということです。分かったような分からないような言いまわしですが、作品が道徳の域にはまったままではダメである、というのが創作の根源をなす要のようです。
・作品ですから、悪も、偽悪も当然の如くに用いないでは、その反対も浮き上がらないのだと言います。「死の棘」を読んで、ここまで深い傷を負わねば、魂を揺すぶられるような作品は生まれ得ないのか、と怖れ入ったことです。
・誰かが、文芸人のことを「愚民たれ」と言う言葉で表現されました。自らを正とし、善とし、高みから見下ろしているだけでは作品は成らず、そこには豊かに実るものは少ない、と言うことなのでしょうか。
・親鸞らが、俗に交わり、自らも俗人として生活して行く中で見えてきたもの、このあたりが文芸作品に通じる要点ではないでしょうか。(有森)
2012.07.25 ・読むことも根気がいりますが、書くとなると別物です。
・下書きはあるのですが、気分が入って(乗って)くるまで、時間がかかります。こんなことなら読む方を続けておけばよかったと悔やむくらい、書けないときは全く書けないものです。もちろん、これは私だけの現象であるのかもしれませんが。
・昨日、同人誌の作品のことで手厳しいことを書いてしまった手前もあり、力んでしまえば尚更書けなくなります。
・私自身の書くことの方はしばし時間を置くとして、同人誌の作品も、当然のことながら気を抜くことなく、どこにでも通用するような作品に仕上げねばなりません。そこに至る過程は、生半可なものではないかもしれませんが、高いものを目指さねばならないと思います。何の作品であれ、作品は作品ですから。(有森)
2012.07.24 ・少し思うところがあり、既成作家の作品を読み返しています。
・その作業を一時中断して、同人誌の作品に移ってみました。
・と、どうでしょう。これまで同人誌の作品だけしか見ていなかったため見えなかったのか、やはり巷間で言われるように、自分勝手流とでもいうのでしょうか、イライラが募ってきます。レベルが低いとは言わないまでも、商業誌のように多くの厳しい目が見詰めていないせいか、誤字、大仰な形容詞の多用、文章の弛み、切り口の甘さ、てにをはの誤りなど、初歩的なことで躓いてしまいます。
・これでは、どんなにすばらしい内容を持つ作品であっても、ページを繰る気持が萎えてくるのは否めません。同人誌作家も自分が自分を甘やかすことなく、プロ意識を持ち、相手によりよく伝えようとする十分な工夫の必要を感じました。
・同人誌作品がいかにも、というふうに見下されるのは、同人誌側にも原因を持たない訳ではないのだろう、と思わざるを得ない次第です。(有森)
2012.07.16 ・海の作品の傾向ですが、かねてから思うことは山気が多いのかな、ということです。他誌に多い、日常を丁寧に観察し文章に連ねるということより、一人の人間として斯く表現したい、という姿勢を強く持っているということです。
・それは誰が仕向けたのでもなく、自然と積み上げられた傾向だというほかはないのでしょうけれど。海が、かつて、強烈な意見の応酬の場であったことを知る同人も今は数少ないのですが、自然とその空気を感じ取っているのでしょうか。
・海には、よくも悪くも、老人がいません。これは、実年齢のことではありません。荒木氏、柿添氏、山口氏、織坂氏など、そこらの若者よりも気合鋭く、異性好きでもあり、意欲満々の、まさに山気の多い面々でした。
・他誌には、堅調な作風で高い評価を得ているところもありますが、海の場合、この自然に覚えた山気のため、評論家諸氏からは厳しい評価を得ている面もなきにしもあらずと考えています。かと言って、自分本位の作風に「堕して」しまってはいけないことですから、文芸作品としての中での表現という線を外してはならないものです。(有森)
2012.06.27 ・今回の海7号はそれなりに気持を籠めて編集、作成したのですが、良くも悪くもいろいろの御意見をいただき、本当にありがたいことです。
・特に、有森小説には、いろいろな御意見をいただきました。
・いただいた御意見は、是非次号に生かしていきたいと思います。(有森)
2012.06.27 (海第7号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・笹草の海へのことばは、味わいがある。(S氏)
・上水の巻頭エッセイ「辻切り」は、面白い切り口であった。(T氏、Y氏)
・月岡、笹原の詩に惹かれた。(T氏、Y氏)
・有森の詩に惹かれた。(T氏)
・牧草の評論、詩、翻訳、小説にわたる旺盛な執筆活動に感動した。(Y氏)
・牧草の小説「お姉ちゃん子」は、少年期の繊細な感性を描き、好感がもてた。(I氏、N氏、Y氏、T氏)
・有森の小説「赤い陽」は、実験小説ともいうべき。労作であるが、未完成の感あり。考えようによっては、読者を愚弄しているとの感もあり。(I氏、N氏、Y氏、M氏)
・有森の小説「赤い陽」は、タイトルがよくない。(H氏)
・有森の小説「赤い陽」は、現時代を超えた面白さもある。(T氏、S氏)
・総合誌のように幅広い、海の自由さを感じた。(Y氏)
2011.11.17 ・今回の海6号はそれなりに気持を籠めて編集、作成したのですが、良くも悪くもいろいろの御意見をいただき、本当にありがたいことです。
・いただいた御意見は、是非次号に生かしていきたいと思います。
・文章というものの難しさ、創り出すということの難しさを知るとともに、次なる作品への強い意欲も湧いてくるのですから、不思議です。
・今まさに感じることは、「文芸は奥深いもの」であるということです。(有森)
2011.10.22以降 (海第6号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・牧草の評論「過失犯に関する一考察」は、とても興味深く、現代の難問に切り込んでくれたとの意見(Y氏、M氏)があった。
・小説「虚空疾走」(有森)は、巧みだという意見(N氏、I氏、Y氏、H氏)、話が唐突で暗いという意見(M氏、O氏、S氏)があった。
・小説「イカロスを愛した女」(牧草)は、文章の流れが良く読ませるという意見(M氏、Y氏、S氏)があった。
・詩「蜃気楼ほか」(笹原)は、命の呼気が見えるという意見(I氏、Y氏)があった。
・詩「恆」(月岡)には深く感動させられる、記憶と現在をつなぐ手法の物語詩であろうという意見(Y氏、H氏、M氏)があった。
・詩「海へのことば」、「満ち潮引き潮」(有森)もよかったとの意見(Y氏、S氏、M氏)があった。
2011.10.22  海第二期第6号(通巻第73号)を10月15日に発刊、19日に発送しました。
 今回ほど、海の発行に気持を籠めたことはありませんでした。もっとも、本来いつもそうあるべき筈のことですが。
 何故かというと、やはり東日本大震災の後だから、ということになりましょうか。私たちを包んでいる空気が、これまでとは異なるということは事実ですから。このような時期に、文芸人としてどう立ちゆけばいいのか、ということを考えざるを得ません。
 歴史は、戦争や、このような甚大な被災を幾度もくぐってきたに違いありません。しかし、私の直感からいって、「何かの始まり」を予感するのです。善だの悪だのを通り越した、「変わりゆく確かな気配」とでもいったらいいのでしょうか。
 このような時期にいただく「海到着の連絡」は、これまでになく心に染みます。生きている者同士からの温かい連絡です。感謝申し上げます。
 海は、今後とも誠実に言葉を発信していきたいと努力いたします。
2011.04.23
以降
(海第5号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・有森の詩「栗の木を伐る」は、良い出来である。(D氏)
・有森の「漂砂」には、筆力を感じた。細部の推敲を行うと、より良くなる。(H氏、M氏、D氏)
2011.04.23  海第5号を発行・発送して、10日が経ちました。
 この間、力強い激励や、熱心な御意見等が多く寄せられています。御意見等をお寄せいただいた皆様には、心から御礼申し上げます。
 掲載している作品は、現段階での私たちのベストのものです。それが、多くの方々の励ましに支えられ、一歩一歩ずつではありますが、よりよい方向に向かっていくものと信じております。
 今は、文芸誌をやっていてよかった、同人誌をやっていてよかったと思うのみです。(有森)
2011.03.12  海のあり方について、多くの御意見をいただきました。ありがたいことです。
 会費の問題、人の増の工夫、批評等の問題、情報発信の問題その他多くについて、です。発足してまだ油の回っていない海に、どう採り入れたらいいのか、まずは現状に沿ってやっていくよりほかないのでしょう。脆弱な背骨をなんとか立てる、このことにようよう取り組んでいるというのが実情ですが、のんびりとばかりもしておられません。
 タイミングというものがあります。芽を出させ、花を咲かせ、実を‥‥作品面では、今の陣容のみなさんに頑張ってもらうことがまず必要です。人や会費の問題等については、一応の検討はしてきたところですが、これには巧みなアイデアが必要なようです。
 とにかく頑張ります、ということばで今日のところは終わらせてもらいます。(有森)
2011.01.14   同人誌と商業誌のことについて、昨今多くの意見が交わされていますが、あくまで私見であり、かつ、誤解を恐れずに言わせていただくなら、同人誌は「道の駅」的な存在であり、商業誌は「デパート」的な存在であろうかと思うものです。
 そこに優劣の差がありうるのかどうかは意見を異にするものだと思われますが、良いものは良い、というところが私の考えです。
 デパートに並べられものは、デパートという組織の信用にかけて商品を精選し、磨き、店頭に並べるのですから、(多くの知恵や工夫が結集されているという点において)まず優れた商品であり、多くの人々を魅了するものでありましょう。
  一方、道の駅に並べられた商品は、特定の地域にのみ知られると言っても過言ではなく、本来質の良さを秘めているものであっても、生産者本人の見立てに頼ることが通常であり、故に十分な磨きがなされない場合が多いことは否めません。
 ここでゴッホ展(昨日訪れたばかりです)に関連して、述べさせていただきたいと思います。

※ ゴッホ展を見ましたが、芸術には才能の持ち合わせも大切ですが、その才能を紬ぎ出す努力こそが、幾倍も大切であると考えます。
 ゴッホは、27歳で絵を志し、独学で学んだそうです。その努力たるや、時の巨匠の作品を徹底的に模倣(素描)し、理論を学び、バースペクティブ・フレームというものを用いた遠近法の研究や、日本の浮世絵版画からは色彩、構図、トリミングなどを採り入れるなど、画業の大半が狂おしいほどに基本を習得することのためにあり、その全勢力を注ぎ込んでの、学びの姿勢には頭が下がります。
  その炎の画家とも言われるゴッホの絵は、明るく情熱的な画風ではありますが、その手法は精緻な点描とハッチングを駆使し、遠近法やトリミングや補色を多用するなど、実に絵の基本に忠実過ぎるほどの繊細さを裏に秘めているのです。

 以上の例のように、私たち文芸に関わるものとしても、この基本を徹底的に習得することの熱意と努力について、まず学ぶ必要があるのではないでしょうか
 今、同人誌がどうの、商業誌がどうのなどと言いますが、どちらが良いとか悪いとかを云々する前に、ゴッホの努力の前にどうやって近付くのかの方に話を切り替えるべきかもしれません。
 同人誌であろうが、商業誌であろうが、良いものは良いのです。売れるとか売れないとか、若いとか若くないとかは二の次です。もっともっと、芸術というものの前に謙虚にならねばならないのではないでしょうか。(有森)
2010.12.29   今朝の西日本文学展望では、「地に足を着けて書くことが必要」という ことでした。
 私も、それを念願しつつも、「観念の作りもの」から脱しきれないことを反省しております。時間がどうだ、空間がどうだは(いったん)横に置き、「人間の関係、心の機微」を書かずに、なんの文芸ぞ、という声が私に囁いてくれていることは、確かです。
 心に刻みたいと思います。(有森)
2010.12.10   若さについて、議論が続いているようです。
 文芸面において、こんなことをいうことはタブーであるのかもしれませんが、人類史上まだ300万年というところです。私の考える文芸は、宇宙空間や地球や地球環境や時空などの問題についても、当然触れて然るべきものだと考えます。
 ここに、作者が若いとか、若くないとかいうことを持ち込むことがいったいどういうことだろうか、という自らの煩悶があります。
 私は、若さを肯定もしないし、否定もしません。見かけだけのことで是非を判断することには、興味がありません。いろんな意見があってよいのではないでしょうか。つまり、個々の同人誌の立つべきそれぞれのスタンスがあってよい筈だと思います。
 海では、書きたい人が精魂込めて書くという姿勢にエールを送る。それだけです。
 手塚治虫著「ガラスの地球を救え」を読み、以上の考えを新たにした次第です。
(有森)
2010.10.23  海第二期第4号(通巻第71号)を10月15日に発刊、発送しました。
 ありがたいことに、この小誌の内容について、多くの方が感想を寄せて下さいます。これほど嬉しいことはありません。私たちのような素人の、少人数で作る冊子についての感想こそが、私たちの喜びとなります。
 出来が悪いときは出来が悪いと、生意気であるときは生意気だと、忌憚のない真実の御意見を聞かせていただくことが、私たちの最も望むところですし、ありがたいことです。
 それだけの時間をとっていただき、意見までいただくことこそ、海の宝物にしたいと思いますし、実際そのようになっているところです。(有森)
2010.10.15以降 (海第4号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・小説に頑張りが見られる。(Y、M、H氏)
・詩(月岡、北里)の作品がよい。(Y、M氏)
・翻訳(牧草)の取り組みがよい。(M氏)
・牧草の小説「青春の断章」は力作である。(Y氏)
・有森の小説「幻日」には、筆力がある。(H氏、M氏、Y氏)
2010.10.11   海第二期第4号は、10月15日の発行をめざして作業を進めています。
 今回、2名の退会者を出しましたが、その理由は、第一期に比べ第二期海が変わったということによるもののようです。確かに、第一期のような陣容は望むべくもなく、活気がないことは否めません。
 しかし、第二期は、(1)自らの責任で、じっくりと書く、(2)自らの責任で、高い目標を設定できる、という点を生かしていければ、どのようにでも伸ばしていけると考えます。この点では、第一期の「手取り足取りのやり方」、「経験者の過度の指導(主張)」と大きく異なりますので、違和感を覚えた方もなきにしもあらずと思います。
 文芸は、結局は自らの作業に帰すのですから、大挙して騒がなければやれないというものではない筈です。勿論、多様な優れた個々と広く接するという点においては、前段の方法が必要であるという点はおおいに認めるものです。
 第二期では、合評会でもこれといった指針を出さずにいましたが、これからは
(1)その作品にいかに真剣に取り組んだか、(2)その作品の目指すところは、自らの信念に合致しているか、(3)現段階においての、自らが提示し得る最高の出来映えであるのか、というあたりは明確にし、論点にしてもよいように思います。(有森)
2010.08.21  入会を希望される方のために、海の合評について、若干の補足をいたします。
(合評について)
・ 第一期では、海の合評は厳しいものでありました。それだけ、批評眼に長けた同人が多かったのだろうと思われます。
・ ときとして、批評にはならず、個人の主義主張や嗜好の押し付けであったという、苦い経験が、存在したこともありました。
・ しかし、第二期では、作者を圧倒するような非難じみたやり方はとらないようにしています。構成員の
誰もが作者ですので、批評の前に、どう書くか、がまず先にきます。こう言うと順番が違うのではないかとの意見が出るかもしれませんが、作者にはなにより先に作品があり、多少遅れて自らが作品の出来、不出来に気付く、という流れになっています。
・ それでは進歩がない、意味がない、という外野席からの声もありましょうが、どういう方法であれ、
良質の作品を目指す、という方向に変わりはありません。
・ 現在は、こうすればより良い作品になるのではないか、という観点で行っています。
・ 志は高く、姿勢は低く、というイメージでとらえていただければ幸いです。(有森)
2010.08.01  海にはカリスマがいない、と書いてしまいましたが、これだけだとあまりにも内容が薄いというようにも見受けられますので、若干補足いたします。
 檀一雄の花逢忌の中心である者、
福岡市文学賞では小説・評論部門で3人、詩部門で5人の受賞者を輩出、その他農民文学賞、九州芸術祭地区優秀作、県民文芸賞等々の受賞者を輩出するなど、個々それぞれが実績を残しています。
 小説も、もっぱら私小説を得意とする者、エンターティメントを得意とする者、時代小説を得意とする者など、互いが互いに干渉しないという雰囲気ですので、発表の場としては好ましい場であろう、と思われます。
 海という場がどんなところであろうか、と入会をお考えの方には、まず入会されてみられることをお勧めいたします。
 冊子作りも、編集担当者がボランティアで割り付け等のわずらわしい作業を行いますので、通常ですと、自分の作品をしっかりと書き(ただし、パソコン使用が好ましい。)、自分の作品の校正をしっかりやるということのほかには、雑務はありません。
 
会費も、おそらく他誌より安価であろうと思われます。(有森)
2010.08.01  海の作品では、小説のジャンルが特に手薄ではないか、という御意見をいただきました。まさに、そのとおりだと考えています。
 原因の一つには、海第一期の終刊に伴い、同人数が最も多かったときの1/3でしかないという現況もあります。有能な書き手が、終刊という事実の前に、次々に去ってしまったということです。今、彼らを第二期に呼び戻せないという問題、すなわち、よくも悪くも「カリスマがいない」ということに尽きましょう。
 これまで、海は詩や評論に多く人を輩出してきたという土壌の問題もあります。
 年齢の問題も、皆無であるとはいえません。また、海に対する外部からの思い込み、ということもあるのかもしれません。
 とはいえ、第二期は第二期の道を行くよりほかありません。カリスマはいなくても、作品を一つ一つ丁寧に表現し、失敗を恐れずに、発表を重ねていくということの他に道はありません。しばし、時間が必要であるのかもしれません。
 逆に、
今が、大きなチャンスであるのかもしれません。出来あがっていないものを、これから作るのです。年齢、性別などに関係なく、皆がチャレンジャーであるのです。海のカンパスは、とにかく広いのですから。
 個々のレベルアップ、全体のレベルアップが必要ですが、これらは、いつかは到達するに違いない(と信じている)目標であり、指標です。(有森)
2010.07.09    全作家第78号(2010.06.30)を読んでの感想です。
   同誌に、三田文学編集長と、全作家協会会長の対談が掲載されています。特に三田文学のあり方として、1)商業雑誌ができないことをやる、2)
70歳、80歳の新人よ出でよ、3)しかし、作品については一切妥協しない、4)文章については、一点の曖昧さも許さない…という姿勢で臨まれているようです。
   以上は、私が心から共感するところですが、2)、3)、4)については、特筆すべき意見だと感じ、ここに抽出させていただきました。
   つい先日、「しいの実学園」を作られた「103歳児」f地三郎先生の講演を聴く機会があり、その見事な生き様と、100歳を越えていささかも衰えない好奇心と創造力と智力に、驚き、敬服したところです。
   しからば、私たちも「60歳児」の意気盛んなところを、文芸の方面で生かしていければ、と痛切に感じた次第です。(有森)
2010.04.20以降 (海第3号)に寄せられた御意見※海のニュースの項掲載分を除く。
・通巻70号資料は、よかった。(Y、T、N氏ほか)
小説のジャンルが、手薄ではないか。(M氏ほか)
・独自の方向を持ち、それなりの頑張りが伺える。(M氏ほか)
・成長が伺える。(N氏)
・有森の小説「風の呼ぶ声」はかなりの出来だが、いま少し抽象に流れ過ぎ。(K、Y、H、M氏)

・ひとりよがりな面がある。(有森ほか)
2009.11.20  「 同人誌再生の息吹(朝日11.20夕刊)」を読んでの、若干の感想です。
 おおかたの内容に異論があるわけではありませんが、「どこかで、もう言い尽くされたような内容です」、ということに落ち着きますね。
 なんのために、この記事が掲載されたのか、その向かわんとする意図がよくわかりません。
 これは、このコラムの筆者の意見ではないものの、文中の人物の語りとして「同人誌の作品の中には自己満足に陥っているものがある…書かざるを得ない人の発表の場として同人誌は依然重要だし、今後も十分期待できると思う」との一文には、中央文壇に近いもの以外の作品に対する蔑視の姿勢が透けて見えるようで、ちょっと納得がいきません。
 そもそも、「若手世代の執筆陣が活力」という小見出し自体、今の商業誌の姿勢および文壇の姿勢そのものですね。
 若さということにはなんの問題もないのですが、なぜわざわざ若さがこう強調されるのでしょう。それも、実年齢だけを数えるという切り口で…。
 くどいようですが、「同人誌の高齢化」などと、誰が言いはじめたのでしょうか。
 もちろん、実年齢を越えた若さもあり、それらの壁などなしに取り込んでいけるのが、同人誌ではないでしょうか。
 いえ、そもそも若さとはなんでしょう。それに、こうも、若くなければならない理由とはなんでしょう。(有森)
2009.10.31   本当に表現したければ、方法を問うより先に、まず表現すればよいと思います。
 その後にくる、発表をどう行うか、ということになり初めて、WEBでもよし、同人誌でもよし、文壇に世話になれるのならさらによし、と順を追っていけば、道はなんとか開けてくるのではないでしょうか。
 なんだのかんだのいっても、表現をしないことには始まりません。机上の空論をどれだけやっても、空しいだけです。
 文芸は、実際に表現する者にのみ道を開いてくれる筈です。(有森)
2009.10.30  いろいろな話を聞き、いろいろな話をしました。
 昨年の中央の同人誌評の廃止以降、同人誌の活動が活発になってきている、との感触を得ました。
 これだけ、中央文壇から拒否され続けたら、自分たちでやればいい。逆に、中央をも巻き込んで大きくやればいい、というのが道筋ではないでしょうか。
 これまで、中央文壇の動きに囚われすぎていた、という意識がかなり芽生えつつあるようです。新人賞や、芥川賞が排他的であるのなら、もっとスケールの大きいものをつくれば済む。と、今進められているような平成維新にあやかってやればいい。というところが落としどころで、同人誌やそれを取り巻くエネルギーの大きさは、中央文壇のそれを数倍も凌ぐのではないか、という気がします。
 ただ、同人誌の新たな文壇形成に賛同するものではありません。(有森)
2009.10.28  同人誌のことで、明日新聞社の人に会うことになりました。
 私が同人誌のことの多くを語れるわけもありませんので、「海」の経験を交えて、表現すること、生涯現役で取り組むことの企図などについて、話してみたいと思います。
 できるだけ、感情を交えずに済ますことができれば、と願うところです。
 それにもう一つ、中央の誌がいかに閉ざされているか、これも形を変えた官僚組織であり、権威主義であるということについては、多少の思うところを語りたいと思います。(有森)

                                                                            
 
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